学生、11月上旬頃の2人
「月みれば千々に物こそ悲しけれ
我が身ひとつの秋にはあらねど」
「…何ですか、急に」
「やーなんとなくね、窓の外眺めてる少年見てたら思い出したの。珍しいじゃない、少年がピアノ弾いてないのもピアノの前に座ってないのも。どうかしたの?」
「別に…なんでもないです。ただの休憩です」
「ふーん?」
「…、さっきの短歌ですか?」
「うん、そうそう、百人一首のひとつだよ」
「ちゃんと勉強してたんですね、意外です」
「もう! すぐそう言うこと言う! 和歌とか古典はわりと好きなんだから。それに百人一首は私の得意技なんだよ!」イエイ!
「得意技ってなんか違いません?」ぼそり
「カルタとか、1人勝ちできるんだから! たまに!」聞いてない
「たまにって…。まぁ分かりましたよ。……で、さっきのってどんな意味なんですか?」
「あれ、知らない? 結構有名だと思うんだけど」
「興味ありませんから」
「そっかー。えっと、『月を見ていると、色々なことが悲しく感じられることよ。これも秋だからだろうか。秋は誰にでもやって来るもので、私一人にだけ訪れるわけではないのだけれど。』…って感じかな」
「なんか、随分長くなるんですね」
「解釈にもよるけどね」
「(僕を見てそれを思い出した、か…)」
「あ、でも少年が悲しそうに見えたんじゃないよ? なんか、ほら、雰囲気?」
「……」
「えーっと、この雑風景な教室とか窓の外の枯れ木とか、なんかその全体が、ね? あと今日、古典あったし!」
「……」
「だからつい思い出しただけだよ。私、和歌とか好きだから、だから、えっと」
「…何を必死にフォローしてるんですか?」
「え、だって、え? 少年?」
「気になんてしてませんよ。先輩が単純なのは知ってますし」ニヤリ
「なによー、もー。じゃあ何で黙り込んだの?」
「必死な先輩が面白くて、つい」薄笑
「ひっど! 少年、ひどい! 人が折角、」
「折角?」
「…そもそも何で私はフォローしたのかな?」
「は? 知りませんよ、そんなの。先輩自身のことでしょうが」
「そうだけどさ、うーん、何でかな?」
「ずっと考えてたら分かるんじゃないですか」テキトー
「うーん、 …まぁいっか!」
「(切り替え早っ)」
「よし。気分転換にピアノ弾こうか、少年!」
「……それが言いたかっただけでしょう」
「いいじゃん、いつものことじゃん! さあ!」
「はぁ…。本当、いつものことですね」
無自覚同士、分からないフリ
(――それでも自分一人ばかりが悲しいような気がしてならないのだ)
そんな風に見えたのは、何故かな。
古今集 大江千里
聴き手は無自覚ゆえに、演奏者は無自覚でいたいゆえに。