「ねぇ少年、瞳を弾いて」「…瞳ってaikoの?」「そう!」「急になんですか?」「いいからいいから」「……弾くだけ、ならいいですけど」「歌付きがいいな!」「嫌です」「なんで?」「嫌だからです」「歌詞なら用意したよ」「嫌です」「うー…じゃあサビだけでもいいから!」「イ ヤ で す」「………」「………」「ワンフレーズでも、」「絶対に イ ヤ です」「………」「………」「ケチー」「なんとでも」





高校時代にそんな会話をした。結局その後、何度頼んでも弾いてもらえなかった。理由も教えてくれないで「嫌です」の一点張り。あんまりに頑なでちょっと気になったけど、時間が経つと記憶の彼方に消えていた。

そう、私はすっかり忘れていたんだ。








少年がプロのピアニストになって数年、彼はもう少年とは呼べないくらいすっかり立派な青年となっていた。彼は相変わらず忙しく国内外を飛び回っているけど、基本的には日本を拠点に活動しているから昔よりは会えるようになったと思う。

日本にある彼の家に遊びに行くと、殺風景な部屋にピアノがあった。コレは片付いてるんじゃなくて物がないからキレイに見えるんだ。その位、彼の家には物がなかった。でも落ち着かないってことはなくて。むしろリラックスできるようになった。見慣れてきたからかもしれない。

キッチンで紅茶とお菓子(持参)を用意して、ピアノがあるリビングへ持って行く。彼はもう1つのピアノの部屋(練習用で楽譜がいっぱいある)にいるから、とりあえずは1人でお茶を楽しんでいた。


「詩恵」


不意に名前を呼ばれて振り向くと、彼がいつものようにピアノの前に座っていた。ちょいちょいと、手で私に来るように招いてる。何かを弾いてくれるらしい。


「なに?」


私は嬉しくて、素直に彼の元へ行った。彼のピアノを聴くのはいつだって好きだから。彼は私がそばまで行くと小さく笑って鍵盤に手を乗せた。


「ねぇ、なに弾くの?」
「何だと思う?」


はぐらかすように笑われた。何を弾くかは教えてくれないみたい、まぁいつものことだけど。

仕方ないから、大人しく定位置であるピアノの足元に座った。横向に寄りかかって、見上げると彼の顔が見えるこの位置は、昔から変わらない。私の好きな場所。

真面目な、それでいて何か企んでいるような彼を少しだけ眺めてたけど、首が痛くなってきたから戻す。それから目をつむった。

きっとすぐに、ピアノの音が聴こえるから。


明日最後を遂げるもの
明日始まり築くもの
時が過ぎて花を付けた
あなたの小さな心の中に
一体なにを残すだろう?

“Happy Birthday to You”



「…え、」


聴こえてきた音に、声に、びっくりして目を開いて彼を見上げた。彼は真っ直ぐ前を見ていた。


しっかりと立って歩いてね
よろめき掴んだ手こそが
あなたを助けてあなたが愛する人



「な んで」


ピアノは何度だって弾いてくれても、その音に合わせて歌ってくれたことは一度もなかったのに。

どこか照れ臭そうにして、絶対に私と目を合わさない。それでも止むことの無い声、優しくて綺麗な歌声


瞳に捉えた光が眩しい日は
静かにそっと目を閉じて
昔を紐解いてみればいい確かなあの日
小さな手のひらに無限の愛を強く握って笑った
あなたがいるから大丈夫



アルトの声と透き通る音が、消えた。


「朔真…なに? どういうこと?」


彼が歌ったこともびっくりだけど、私が『瞳』を、それも2番が特に好きだって知ってことにもびっくりだし、彼の歌声がすごく綺麗なのもびっくりだ。頭がついて行けない。

軽く混乱した私を見て彼は満足げに笑った。それから椅子に座ったまま手を差し出してきた。反射的にその手を取ると、強く引き上げられて私も彼が座る椅子に座っていた。近距離に、彼がいる。


「…覚えてない?」
「な、なにを?」
「一週間後は詩恵の誕生日だよ」
「うん。…え、?」


明後日には、彼はまたアメリカだかカナダだかに行ってしまう。私も仕事があるから一緒には居れない。それは前から分かっていたこと。だから今日一緒にいるのだし。

でも、だからって彼が私の誕生日に歌を歌ってくれたことはない。どうして突然? しかもなんで『瞳』?

疑問がいっぱい浮かぶ私に、彼は悪戯が成功した時のような顔で言った。


「やっぱり覚えてないんだ」
「だからなにを?」
「高校の時、詩恵が言ったんだよ」
「私?」
「aikoの瞳を弾いてほしいって」


高校の時(今もだけど)aikoが好きだった。だから彼女の歌を彼に弾いて、と頼んだのは本当だろう。

え、でも覚えてない。瞳を弾いてほしいなんて言ったっけ?


「思い出せない?」
「…ごめん」
「謝んなくていいから。じゃあ、ヒントをあげようか」


なんだか申し訳なくなって俯くと、彼に頭を撫でられた。ことさら優しいそれは、私を責めてはいない。むしろ、大丈夫だと安心させてくれるものだ。


「ヒント1、詩恵と出逢って2ヶ月位の時」
「うん」
「ヒント2、ピアノを弾くだけじゃなくて歌も歌えって言われた」
「うーん」
「ヒント3、僕はそれを嫌です、の一点張りで突っぱねた」
「……」
「ヒント4、その後に詩恵はこう言った。

『それじゃあ、いつか少年がピアニストになった時、私の誕生日に歌ってね。約束!』

……詩恵は、嫌がる僕を無視して無理やり指切りして、すごく楽しそうに笑ってたよ」


遠くを見てその頃を懐かしんでいるみたい。すごく優しい目。昔は滅多に見せてくれなかった、今はよく見せてくれる優しい瞳。


「…思い出した?」


そのまま彼は私を見た。心臓がどきりと高鳴って、目頭が熱くなる。

ホント、どうしてこう、いつもいつも私ばっかり


「思い出した よ。…私が言ったんだよね、ワンフレーズでもいいからって。なのに、私、忘れてた…」
「詩恵らしいよ」


彼は顔を少し近付けて苦笑する。


「約束してたのに、忘れててごめんなさい」
「大丈夫だから、泣かないで?」


大きな両手が私の涙に濡れた頬を包んでくれた。拭われても拭われても、溢れる涙は悲しいからじゃないんだよ。

少し困ったように眉を下げる彼に、伝えたくて、震える喉を音に変えた。


「…朔真」
「うん」
「朔真、ありがと。本当に、…ありがとう」
「…うん」
「約束を、覚えていてくれてありがとう……私のために、歌ってくれてありがとう。…すごく綺麗だったよ、ピアノも歌も。…私、朔真のピアノも歌も、朔真も、大好き だよ!」

泣きながら笑う、なんて絶対変な顔になってるだろうけど、それでもできる限り笑った。だって嬉しいんだから。笑って伝えたかった。私は朔真が大好きなんだよってことを。


「……なんで、(…どうしてそういう可愛いこと言えちゃうかな)」
「え?」


小さく呟かれた言葉を聞き取れなくて、聞き返そうとすると抱き締められた。

彼の腕に囲まれて、聴こえるのは私と彼の心音だけ。深く深く、抱き締め合ってそのまま混ざっちゃえばいいのに、なんて。(恥ずかしいから絶対言わないけど。)


「…詩恵」
「なあに?」
「照れてるだろ?」
「う゛………照れ、て ないよ!」
「(分かりやすいなぁホント)…じゃあ、キスしていい?」
「キっ! なな、なに言っ…!」
「ダメ?」
「…っ、………ダメ、とかじゃなく て、いつもは勝手にところ構わずするクセに!」


わざわざ聞くなんて! と顔を上げた瞬間、しまった、と思った。だって彼が、それはそれは楽しそうに笑っていたから。


「さっ、朔真っ!」
「それじゃあ、勝手にところ構わずしようか」
「…っ!」


迫り来る彼から逃れる術を私は知らない。というよりも、嫌じゃないんだから逃げる必要もないんだ。だからこそ、恥ずかしいし困るんだけど。

結局は、嬉しいと思うんだ。



Happy Birthday to You




「そういえば、なんで全部歌ってくれなかったの?」
「……歌は好きじゃないから」
「えー、すごい綺麗だったよ。1曲全部聴きたいな!」
「嫌だ」
「………」
「………」
「…もう1回聴きたい!」
「絶対、嫌だ。もう歌わない」
「えぇ! そんなー…」
「……そんな目ぇしてもダメ。嫌な物は嫌なんだから」
「けちー」
「けちで結構」


瞳 by aiko

20111207


あっま!甘いっ!砂吐きたい!恥ずかしいのはこっちだよ!…って思いました。(作文?笑) こういうのって読むのはすきでも書くってなると限りなく恥ずかしいですね…。

ピアチェーレではこんな感じで、2人の名前を出したお話を書いていきたいと思います。


先輩 柏木詩恵 かしわぎしえ
食品会社の品質管理職に就いてる

後輩 武藤朔真 むとうさくま
プロのピアニスト
割と有名人

この2人はケンカしつつも常にラブラブなようです。


実は本編完結より前にコレ書いてたなんて、言えない言えない´`(←あ)



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