出会って2ヵ月程度の2人



頭が、痛い

痛覚がピアノを弾く指を止めた。頭蓋骨を内側から金槌で鈍く打たれるような痛みが、ゆっくりゆっくりと僕を苦しめる。ため息をついて、こめかみら辺を押した。その場しのぎの痛み止め。それでもやらないよりはいくらかマシだ

中学の頃から偏頭痛が僕を悩ましている。原因はあってないようなものだ。ピアノを弾くと頭痛は酷くなり、また痛みを和らげもする

僕を苦しめるクセに癒したりもするのはピアノだった

けれどピアノを弾いただけではなかなか痛みは消えなくて、薬を服用し始めたのは最近の話じゃない。常備薬と言えてしまう痛み止めを鞄から出そうと手を伸ばした。否、伸ばそうとして、扉の開く音とやたら元気な声に遮られた


「やっほー少年!」


高めの声が頭に響く。痛みが増してしかめ面の僕に気付いているのかいないのか先輩は笑って近付いてくる。鞄に伸ばしていた腕を戻した


「あれ? ピアノ弾いてないの? 珍しいね」


軽い足取りで横まで来て、笑う。先輩は悩みが無さそうで羨ましい。どうせ今日もあれ弾けこれ弾けと言うんだろう。とりあえず1曲だけ弾いて追い返そう


「先輩、今日はやる事があるんで手短に」
「少年、具合悪い? なんか顔色良くないよ」


僕の言ったことを丸無視して、先輩は首を斜めにして聞いてきた。まさか見抜かれるとは思ってなかったから少し驚いて反応が鈍る

答えない僕を肯定と取ったのか、先輩はそうだ、良いものがあるよと、肩にかけていた鞄を下ろして中から何かを取り出した


「今日ね、調理実習があってクッキー作ったの。余っ…じゃなくて、せっかくだから少年にあげる。疲れた時は甘いものだよ」
「…余ったんですね。不味いんですか」
「え? やっ、不味くはないよ? ちょっと分量間違えてだいぶ甘さ控え目になっただけだし」
「つまり苦いと」
「あはは。でも、ちゃんと味見したし、ホント不味くはないから」
「疲れた時は甘いものなんじゃなかったんですか?」
「あ…。少年、甘いの苦手っぽいでしょ?」
「まぁ、好きではないですが」
「なら丁度いいじゃない!」


ね? と笑われて閉口するしかない

先輩の手には飾り気も何もない保存用によく使われるタッパー、中にはきつね色の丸い物体が重なっていくつもある。見た目には焦げ目は見当たらないが、味は怪しい

しかし先輩は訝る僕を気にもしないでタッパーの蓋を開けた。途端、広がる香ばしい薫り


「ねね、美味しそうでしょ?」
「匂いだけは、ですが」
「一言多いよ! あ、そうだ。どうせならお茶にしよっか。私、下で買ってくるよ。何が良い?」


タッパーをピアノの上に置いて尋ねる。お茶をするのは先輩の中で決定事項のようで


「遠慮なんてしないで、缶ジュースくらいおごるから」


紅茶コーヒーオレンジジュースと、飲み物の種類を指折り紡ぎ出しては笑った。はなから僕が拒否するなんて考えもしないで笑っている

勿論、僕は遠慮なんかしてない。してないけど、ここで意固地になっても先輩と口問答するだけで。馬鹿馬鹿しく、思えた(決して言いくるめられるのが分かってるのではない)。だから僕は鞄から財布を取り出し、一番大きな硬貨を差し出した


「…紅茶でお願いします」
「え? お金はいらないよ」
「……じゃあ、クッキー代ってことで」


言って、手を伸ばしても受け取ろうとしない。大丈夫だから、気にしないで、そんな風に首を振った。そのまま行こうとする腕を掴んで半ば無理やり渡す


「ちょっ、少年?」
「素直に受け取ったらどうです?」
「でも」
「クッキーの出資者は先輩なんだから、飲み物は僕でいいじゃないですか。喉渇いたんで早く買って来てくださいよ」
「うーん、…まぁいっか。少年は紅茶だよね? 行ってくるからちょっと待ってて!」


少しだけ悩んだ先輩は、けれども次の瞬間には切り替えて硬貨を握り締めて走って行った。その表情はやっぱり笑顔で。なんだか可笑しくなった


蓋をされていないタッパーからは、相変わらず薫りが広がっている。手作り独特の、おそらくはバターの薫り。クッキーなんていつ振りだろうと、何とはなしに一つ摘まんだ

見た目はただのクッキー。ちょっと歪だけど、丸い形のひとくちサイズ。あ、裏が焦げてる。でも許容範囲の焦げで、むしろ問題は味だ。未知数過ぎる。分かっているのに、僕は、クッキーを食べてしまった


「………苦いし、しょっぱい」


口の中に広がるなんとも言えない味に眉間のシワが寄る。甘いミルクティーを頼めば良かったと思っても、もう遅い

少しばかり堅めのクッキーを噛み砕いて飲み込んでいた僕は気付かない。さっきまであった痛みがすっかり消えていたことに、気付かなかった


頭痛にクッキー
(だって、どうせ気まぐれだから)(痛みも、彼女も)



「どうよ、少年?」
「微妙です。ある意味では苦味と塩の絶妙なコントラストです」
「えー、確かに塩っぽいけどさ。なんでしょっぱくなったんだろ?」
「先輩…、塩と砂糖、間違えました?」
「………あ。」
「(やっぱり)」


20111002


いつぞや話した演奏者の偏頭痛ネタ。原因は言わずもがなプレッシャーとストレスですね。
ちなみに聴き手の料理の腕前はそこそこです。レシピがあれば作れるけど、読み間違いやなんやでボカを仕出かします。演奏者は全く出来ません、だって怪我したら大変(って周りに止められる)。
あ、3年生が調理実習(しかもクッキー作り)なんてするの?ってツッコミは無しでお願いします…


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