シンデレラ・ストーリー
出かけてきます。
お風呂場を洗って洋服を洗濯しておいて下さい。
晩ご飯はいりません。
仕事から帰るとこんな文章が書き殴られた一枚の紙切れがテーブルに置いてあった。内容を見て、大きなため息をこぼす。
書いた人なんて分かり切っている。私の姉だ。
私と私の姉はいわゆる同棲をしている。
といっても姉はフリーターでまったく仕事をしていない。つまり収入が無いので実質私のお金で姉を養っているようなものだ。
こうして私が朝から半日せかせかと必死で働き続けぐったりとしているのに対して姉といえば昼はショッピングモールをふらふらと渡り歩き、夜は合コンやらデートやらで酒に酔いふらふらになって帰ってくる毎日。
ショッピングに使うお金はもちろん私のお金だし泥酔している姉を介抱するのも私だ。
自分でも不憫だなあとは思う。
実際姉が私のお金を自分のものかのように使いまくるせいで私は新しい服も買えないしご飯をつくったり洗濯をしたりといった姉が全くやろうとしない家事をしなければならないから今流行りの映画を見に行く時間すら作る事ができない。
ただでさえ仕事でくたくたなのに家事もやらされる私の身にもなってほしい。
私だって、私だってこんなダメ姉は早く追い出してしまいたいと思う。
けれど本人は頑なに拒否するし無理矢理にでも追い出そうとすると今度は「ママやパパに言い付けるわよ!妹のくせに姉に指図する訳!?」と逆ギレする始末だ。
両親も姉には頭が上がらないようでせめて結婚するまでは面倒みてやってくれ、と言われている。要は姉に関する事全てを私に押しつけているのだ。もうどうしようもない。
「まあもう諦めたけど、さー」
そう一人ごちてもう一度テーブルの上にある紙に目を向ける。
どうやらご飯は外で食べてくるみたいだし。今夜は久しぶりに贅沢でもしてみようかな。ちょっと高めのシャンパンなんか買っちゃって、パスタと一緒に乾杯。うん最高だ。
思い立つがままスーツを脱ぎ捨てラフな格好に着替えると財布とケータイをもって家を飛び出した。
ショッピング街に続く道を軽い足並みで歩く。
ガソリン代が勿体ないからと徒歩で向かう事にしたのは正解だった。
日はすっかり沈み、昼間とは違い濃厚な藍色に塗り替えられた空には所々にちかちかと眩しい星。夜の空はこんなにも幻想的な物なのかと思わず感嘆のため息をついてしまう。
心なしかいつもより足も軽く感じ、今にも鼻歌でも歌いだしたくなるような気分だった。
その時だ。ふいに背後から声を掛けられたのは。
「もしもし、そこの彼女?」
振り向くと私のすぐ後ろに私と同じくらいの年に見える男の人が居た。この辺りには私以外に人は居ないと思い込んでいたため不覚にも少し驚いてしまう。
私と目が合うとにこ、と微笑む。あ、イケメン。
「こんばんは」
「あ、えっと…こんばんは」
「素敵な夜ですね」
「そうですね。私もこんな綺麗な夜空を見たのは久しぶりで感動してた所なんです」
「今夜の夜空はいつもよりもずっと綺麗だ。でもみんな自分や陸にあるものにばかり気をとられて月も星も空も見ようとしない。その点君とは話が合いそうだな」
にこにこしながら話す彼は女の扱いに慣れている。ついつい感心してしまった
まだ少年くささが抜けていない軽やかな声に耳を傾けながら私は男の人を盗むように見る。
ふわふわとしたダークブラウンの髪はきっと太陽の光を受けると綺麗なブラウンに変わるのだろう。そして瞳。深みのある青い瞳にはついつい見とれてしまった。
瞳に見入っていると彼とばちりと視線が絡む。私が黙っていると彼から声をかけてくれた。
「本当はパーティーにお呼ばれしているんだけど…なんだか気分が乗らなくて散歩をしていた所なんだ」
「そうなんですか。私は少し買い物をしようと…」
「へえ…確かにパーティーとかに行く服ではないね?」
自分の服をみて一気に恥ずかしくなる。
彼はなんだかお洒落な服を着こなしていて、私といえば安物の薄いピンクのキャミソールに七分丈のジーパン。いかにもなちょっとそこまでスタイル。
「恥ずかしいの?変に煌びやかな服よりかは動きやすくていいと思うけどなあ?」
「そ、うですか」
「うん。それにそれ、サービス精神旺盛で嬉しいなー」
彼は何故かにやにやしながら私の鎖骨辺りを指差す。にやにやしながら。
なにかと思いもう一度自分の身なりを確認。顔がぶわっと熱くなるのを感じた。恐らく彼はこの事を言っていたのだろう。
キャミソールからちらりと覗く、ブラの肩紐。キャミソールのサイズが大きいからかブラ本体も元気にこんにちはしている。くまさん印の私お気に入りのブラが。
「あは、ごちそうさま」
「あ…あ…」
「クマかあ。君って大人っぽい顔してるけれど意外と子供な趣味してるんだね?可愛いよ?」
いまだににやにやと厭らしく笑う名前も知らない彼に対して声にならない感情がふつふつと湧き出る。
そして気がついたら
「ば、ばかああああ!」
「う、わあっ」
手にしていたケータイを彼の体めがけてぶん投げ、歩いてきた道を全力でUターンしていた。
「今日は午前中に洗濯と掃除を終わらせちゃおう」
あの夜の出来事は私の中での黒歴史になっていた。
名前も知らないイケメンな男の人に自分の痴態を目撃され、感情に身を任せてあんな事…。
結局シャンパンもパスタも頂けなかったしケータイは不本意にも彼にプレゼントしてしまったまま帰ってこない。不幸にも程がある
あの出来事は綺麗さっぱり忘れる事にして私は珍しく仕事が休みの今日も家事に勤しむことにしていた。
午前中に家事を終わらせて午後には新しいケータイでも買いに行こうかなあとか考えているとふいにインターホンが鳴った。
出ようとしたが今日は昼から友達と買い物の予定があると言っていた姉が玄関へ向かっていたのでやめた。なるほど迎えにきてもらうようにしていたのか。
気を取り直して掃除機の持ち手を握りなおした所で玄関から姉の声が聞こえてきた。
「え…フィ…デナ…なん……!?」
「…で……そっち…やめ、!」
声からして姉が動揺しているのが分かった。
どうかしたのだろうかと他人事のように考えているとこちらに足音が近づいてきた。勝手に家に入れたのだろうか。人を居れるのはやめろとあれほど言ったのにも関わらず。
とりあえずお引き取り願おうと扉に向かうと扉にたどり着く前にあちら側から扉が開き
『彼』があの爽やかな笑顔を浮かべてそこに立っていた。
後ろには姉。化粧をしているためけばったく見える目を大きく見開いて「フィディオ…アルデナ…なんで」この人が?フィディオ・アルデナ?我が国のサッカーチームのエースでキャプテンでサッカーの?…この人が?
「やあ、ケータイのプロフィールに住所書いてあったから来ちゃったよ」
「何故かどうしても君との出会いが忘れられなくてね、また会いたくなっちゃったんだ」
「それでね、考えたんだ…俺、君の事が好きなのかもしれない」
「とりあえず結婚から始めないかい?」
これ、どんなおとぎ話ですか
Thanks /
WEDDING!!0921