捕食者




真っ暗な細い路地にはあ、はあ、と私の荒々しい呼吸をする音だけが響く。
じめじめとした空気の漂う路地の一角に座り込み、すっかり乱れきった呼吸を整えようとゆっくり、ただただ息を吸って吐くという動作を繰り返す。いつもの私ならこんな所に座っていたら制服が汚れてしまう、等と考えたかもしれないが生憎今の私にはそんな余裕は残されていなかった。

そもそもどうしてこんなことになってしまったのだろうか。
どうして、しがないただの学生である私が、こんな薄暗い路地に、どうして、どうして…
混乱しきってぐちゃぐちゃな頭にちらちらと先程の出来事が蘇ってくる。


夕日が照らすいつも通りの通学路
鼓膜を震わせる軽やかな旋律
ふいに背後から伸びてきた黒い影
腹部に感じた衝撃
白く煌めく髪と、狂気を孕んだ赤い瞳…

思い出して、しまった。



「うああ、疲れたー…」

いつも通りの退屈なカリキュラムを済ませ、家へと帰る帰り道。
イヤホンから流れだす今流行りのアーティストの曲を口ずさみながら歩いていた。夕日が照らす橙色の美しい世界に居るのは私だけ。そんな些細な幸福に胸を満たしながら。

そんな時だった。

ふいに背後から伸びてきた細くて、長い影。オレンジ色に染まったアスファルトを黒く塗り潰す私の物では無い影。
影は私の後ろにぴったりと寄り添っていた。
なんだろう、誰だろうと訝しみ振り向く。

しかし振り向いて影の主の顔を確認する前に腹部に強い衝撃が与えられた。
訳も分からないまま衝撃に耐えきれずに吹き飛んだ体はそのまま道沿いにある塀にぶつかる。
力のはいらない身体はそのまま路面にずるずると崩れ落ちた。な、にが…?

身体中を襲う鈍い痛みに顔をしかめつつも反射的に衝撃がやってきた方向を凝視する。
そこに居たのは一人の少年。
白い髪とぎらぎらと輝く真っ赤な瞳。

まさか、この人…!


話に聞いたことがある。

学園都市に七人しか居ないレベル5のさらにその頂点。学園都市第一位、アクセラレータ
思わず目を奪われてしまう程の美しい白髪と危険な輝きを放つ赤い目
近づくと嫌でも感じる殺気とも言いがたい、何とも言えない独特のオーラ。

間違いない。彼が、彼こそが…。


頭がそう認識した瞬間、私は走りだしていた。
危ない。まだよく分かってはいないけどあの人は、危ない。

頭の中でガンガン、と危険を告げる警報が鳴り響いていた。




「どこに隠れてるンですかァ?隠れてねェで出て来いよ、名前チャン?」

路地の何処かから恐らく彼の物と思われる声が聞こえてくる。
大丈夫。声の聞こえ具合からして、まだ遠い。

にしても、なんで私の名前を知っている…?
彼と関わりを持ったのは今日、まさについさっきが初めてだ。過去に彼と話した事もましては見た事も無いというのに彼は何故…
彼について疑問を挙げればキリがない
意味が分からない。
なんで初対面なのにこんな事をされなければならないのか。全くもって見当がつかない。
先程の攻撃を受けてずきずきと痛むわき腹を擦りながら考える。

そういえばいつの間にかiPodも無くなっている。
鞄の中や制服のポケットをまさぐってみた。けれどもそれらしい物は見当たらずに思わず深いため息をついてしまう。
恐らく攻撃を受けた時にどこかにいってしまったんだろう。ホントになんなんだろうか、彼は。


「探してンのはこれかァ?」

すぐ近くから聞こえたその声は、もちろんだが私の声のはずがなく。

「みーつけたァ」


やばい、と思った時にはもう既に遅かった。
あり得ないくらいの速さで振り下ろされた足はついさっき攻撃を受けた箇所と全く同じ場所に食い込む。
衝撃を受けた身体はぐにゃりと曲がり、再び吹き飛び、壁にぶち当たった。

積み上げられていた段ボールやドラム缶がガラガラとうるさい音を上げながら私の上に崩れ落ちてくる。
がらくたの山に埋もれていく私をにんまりと笑いながら楽しげに見下ろす彼、アクセラレータ。
アクセラレータの手には握り潰されたのか、ほとんど原型を留めていない私のiPodらしきもの。
それを路地の片隅に投げ捨てて、ゆっくりと私の元に歩み寄っていく。

がさがさと私の身体に覆いかぶさるガラクタ達を押し退けていく彼は未だに口角を吊り上げ、おかしいくらいに笑っている。

障害物が無くなり、軽くなった体に再び重みがかかる。段ボール等とは違い、温度を感じる重み。
見上げてみるとアクセラレータが、私の身体に馬乗りになっていた。



怖い。
怖い、怖い、怖い



恐怖からだろうか。
私の目からは大量の涙がこぼれ落ちていた。
そう、怖い。怖いんだ。私は彼が、アクセラレータが、怖い。

また殴られるのだろうか
それとも刃物で切り刻まれる?能力でいたぶられる?はたまた、殺される…?

かたかた、震える身体
なんで私が、なんで、なんでなんで…。


いきなり声も上げずに震えながら泣き出した私を無言で見つめていたアクセラレータ。
しばらく間を置いたかと思うと、ゆっくりと私の顔に、顔を近付けてくる。
ふいに頬に感じた生暖かい感触にビクッと身体が飛び跳ねる。なに、なんなの?なにが…?


生暖かい感触の正体はアクセラレータの、舌だった
アクセラレータが私の、私の頬に伝う涙を、舐めとっていた。自身の、舌で。
涙とはまた違う液体、彼の唾液が私の頬を濡らしていく。
想定外の展開。ただただ目を見開いて硬直する事しかできない私。

ひとしきり舐め終わったのか私から顔を上げるアクセラレータ。
彼の赤い瞳と目線がかち合う。その瞳が放つ危険な美しさに場違いながらも見惚れてしまった。

彼は、彼は笑っていた。
獲物の肉を食らう、獰猛な獣のように瞳を爛々と輝かせて。


「予想通り、最高だなァ?」

「……は、」

ようやく口を開いたかと思うと、彼はいきなりよく分からない事を口走り始めた。

「やっぱてめェの泣き顔は最高だ。名前チャンよォ」




俺と遊ぼうぜェ?


いきなりの出来事に動揺していた私の思考回路はようやく彼の言葉を飲み込む
彼の言葉は、私の精神をどん底に突き落とすには十分の破壊力を持っていた








きっと続く

8/3 up




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -