fondant





ミストレーネ、とだけ書かれた扉の前に立ち尽くす
私がいくら叩いてもうんともすんとも言わない扉はこの部屋の主が不在だということを主張していた。
いつもの私なら「ああ、留守なのか」と理解し、あっさりと引き返す訳だが

「今日はそんなに簡単には帰ってやらないんだから…!」

誰も居ない廊下で1人呟き、そっとドアノブに手を伸ばす
人一倍用心深いミストレの事だから少しの間の外出の時でも部屋の鍵は閉めていくだろうと予想していた。しかし

「あ、開いた…?」

私が軽く捻るだけでいとも簡単にドアは私の侵入を許してくれた。
つまり、鍵が閉まっていなかった、という事。
せっかく作った合鍵は無駄になってしまった。

…ミストレに黙って作った合鍵、だなんて本人には口が裂けても言えない…!
まず許してくれないだろうし、笑われるだろう
「あはは、やっぱり変態だね!」とか言われるに違いない。絶対に嫌だ…!

とにかくずっと廊下に居るのは危険だ。誰かに見つかりかねない
そう思い私は意を決してミストレの部屋に足を踏み入れた
しかし足を踏み入れた部屋は普段通い慣れているハズな部屋の風景とはまるで違っていた…

私にとってはあまりに予想通りの結果で、驚きを通り越して、呆れてしまった。ため息が溢れだしてくる
床、デスク、椅子…
私は部屋の半分以上の表面を覆い尽くしている「それ」に目を向けた

ピンクや水色の淡い色をした包装
金や銀で、照明を受けてキラキラと眩しい光沢を放つリボン
そしてそれらから放たれる鼻腔を擽る甘ったるい香り…

全てが私を苛立たせる要素として機能している
ミストレに向けて送られた、私以外の女の子からのプレゼント
どこに視線を向けてもプレゼント

見るのも嫌になってきて、唯一何も乗せられていないミストレのベッドに俯せにダイブした。
倒れこんだ途端に、柔らかい衝撃とミストレの匂いに包まれた。
嗅ぎ慣れたミストレの匂いに、荒んでいた心が少しだけ落ち着いた。



ホントは分かっていた
今日はバレンタインで、王牙学園の女子生徒達…特にミストレの親衛隊の人達がミストレにプレゼントをあげないハズが無いって事
そして皆に、特に女の子に優しいミストレがそのプレゼントを断らないって事くらい知っていた
…けども、やっぱり現実を目の当たりにするとちょっぴり寂しい
覚悟して、覚悟して確かめに来たハズなのに…
それはやっぱり私が少なからずミストレに期待していたからなんだと思う。

もしかしたらミストレは私以外の子からのプレゼントは断ってくれるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いていたから…だからこそ、こんなに悲しい
女の子に囲まれているミストレや私じゃない女の子に笑いかけているミストレを見たくなかった。
だから私は今日一度もミストレに会いに行かなかった。
きっと会ってしまったら、見てしまったら…私は嫉妬や悲しみでごちゃごちゃになってしまうと思ったから。
ミストレにはそんな汚い私を見てほしくない
その一心で私はミストレを避けていた。ご飯の時も訓練の時も…
けどやっぱりミストレに会えないなんて耐えれなかった私は寮の消灯時間ギリギリにミストレに会いに来た。渡せず仕舞いだったチョコレートと一緒に
なのに、なのにミストレは居なかった。もう消灯時間も近いのに、ミストレは帰ってこない

悲しいという感情が次第に怒りへと昇華していく

なんでミストレは他の女の子のチョコレートを貰ったの?
なんでミストレは部屋に居ないの?

単に私に会いたくなかったのか、それともバダップ君やエスカに会いに行ったのか、はたまた他の女の子に会いに行ったのか…
私以外に関係を持っている女の子が居て、その子に会いに行ったというのもあり得る

どんどん私の被害妄想は肥大していって、私の頭を満たしていった

私達は身体だけの関係だったんだ、とか
ミストレは私の事遊びでしか無かったんだ、とか…
ぐるぐると私の頭を巡る激しい感情

私はそれを振り払うかのようにぶんぶんと大きく頭を振りかぶり
悲しみとか、怒りとか…ミストレに対する負の感情をミストレ愛用の枕にぶつけた。
それでも私の気持ちが晴れる事は無く、私は枕を殴る力を強めた
このまま破けて、中身がばらばら溢れだしてしまえばいいのに…そう、この行き場の無い感情の様に

枕を殴る手は止まらない。いつの間にか流れ出ていた涙も止まらない。


そのとき私が座り込んでいたベッドのスプリングがぎしり、と鳴り背中に暖かい体温を感じた。手首にも暖かい感触がじわり

急激に速度のあがった私の心臓の鼓動を感じつつ、内心どぎまぎしながら振り返ると、そこにはやはり


「へえ…面白そうな事してるんだね。でもやるならオレの枕以外に頼むよ」


部屋の主、ミストレが居た。

私に覆い被さるかのように位置しているミストレは、その白く、筋肉質な手でやんわりと私の枕を殴り付ける手をベッドに押しつけていた
どくどく、と一向に速度を落とさない心臓の鼓動。それはミストレにも伝わっていたらしく


「名前の心臓、ばくばく言ってる…恥ずかしいんだ?」

「っ、ア…アンタがこんな事してくるからでしょ!?」

「こんな事って?オレは君が躍起になって枕を殴ったりしてるからそれを防ごうとしただけなんだけどなあ?」


それとも、アブナイ事、考えちゃった?
私の耳元でゆっくりと囁いた。その一言で全身がじゅわっと一気に熱くなる
確かに考えていた…だからこそ、こんなに、身体が熱い訳で
だけどせめてもの照れ隠しにミストレに言い返す


「ば、ばかじゃないの!?この万年発情期のタラシ…ッ!」

「は…心外だな、オレがタラシだって?オレは名前一筋なんだけど」


「ふざけないでよ!じゃあコレは何!?全部全部私じゃない女の子からの贈り物なんでしょ!?私だけじゃ満足出来ないの!?私はこんなにアンタの事が好きなのに!それならどっかの私より可愛い女の子といちゃついてれば良いよ!このっ、馬鹿ああああ!」


溜まっていた感情が大爆発。私は気づいたらミストレに感情をぶつけまくっていた
はっと我に返った時には既に手遅れ
目の前には大きく目を見開いているミストレ、大きな瞳には目を潤ませた私。なんだ私、また泣いてるのか。
泣いている、と認識した瞬間また感情が流れ出てきた。


「何さ!ミストレ実は私の事なんかどうでも良いんでしょ!面倒な彼女とか思っているんでしょうっ?好きじゃないんでしょ?それぐらいなら別れ…むがあっ!」


口の中が急に何かで満たされ、私は言葉を遮られた。甘い甘い何かに口を侵された
ふいにミストレの手元をちらりと見る。そこには見慣れた袋…私からミストレへの贈り物


「ふうん、フォンダンショコラか…君にしては手の込んだ物を作ったね?」


感心したような表情を浮かべ、私を見つめるミストレ。何、彼氏の為に頑張っちゃ悪い?
なんとか口の中のチョコレートを咀嚼し、口を開く


「な、何するの!」

「何、って…名前があまりに馬鹿な事を言うから黙らせたまでだよ?」

「馬鹿!?私は結構本気で…」

「名前」


またしてもミストレによって言葉を遮られる


「嫉妬してたのは分かってたよ。君は前からオレの周りに居る子達に妬みの眼差しを向けていた。無自覚かもしれないけどもね。悲しませてしまって、ごめん。だから…冗談でも別れるなんて言わないで欲しい」



いつもと違った真剣な眼差しで見つめ、そんな事を言ってきたミストレにまたまた鼓動は急速に勢いを増した。


「もう…もう、寂しい思いさせないでよね?」

「勿論、満足させてみせるよ?」



あいしてるよ、

そう囁き、優しくくちづけてくれたミストレ。私はゆっくりと瞼を閉じて幸せに浸った。もうちっとも寂しくもないし怒りも消えた。幸せだな、こんな人と一緒に居れるだなんて

ちゅっ、と小さなリップ音がしてから、ふいに口の横辺りに生暖かい温度を感じた。
驚いて目を開けると至近距離にミストレの端正な顔が。


「口の横、チョコレートがついていたからさ…ごちそうさま」


そう言ってニヤリと唇を歪めたミストレに酷く赤面ああもう、そんな顔しないでよね!
でも実はそんな意地悪な表情をした彼が好き、だなんて…まるでドMじゃないか。

とか考えてたらぐるん、と視界が反転し、目の前には先ほどと同じ意地悪なミストレの表情…かと思ったけれど、実際には余裕なんて微塵にも感じられないミストレの顔

押し倒され、た
そんな事はよくあるから慣れいたりするんだけども、こんな焦ったような表情のミストレは見た事が無かったりする
いつも見ないその表情に唖然としていると、ミストレが少し早口に話しだす




「あのさ、そんな顔しないでくれない?」
「顔赤らめて目潤ませて…誘ってるの?」
「オレそんな理性的な人間じゃないって分かってるよね」
「今日は優しくできないかもしれないけど…名前はドMだから嬉しいよね?」

そう言ってさっきのキスなんかとは比べものにならない、身体が溶けそうなくらい濃厚なキスをされた。



気づいたら、目の前に理性を失った獣が居ました





fondant

(なんだかんだで)
(私はこんな彼が好きなんだ)


fondant / とろけそうな





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