もっと教えて


彼女は、一種のツンデレだと思う。


「ゆかさんって、二人きりだとどんな感じ?」
給湯室で大野さんとちょっと仕事をサボっていると(集中力が切れたらしい大野さんに無理矢理連れて来られた)、大野さんが唐突にそんな事を言い出した。
「どうって・・・あんまり変わりませんよ?」
(変わったとしても言うもんか)
「えぇ!?ゆかさんってしっかりしてて頼りになるけど・・・ずっとあんな感じだったら一緒に居て疲れねぇ?」
その言葉に少しむっとする。
たしかにゆかさんは俺と二人になったからってあまり力を抜いてくれない。
でも少し、ほんの少しだけど表情が柔らかくなるのを俺は知っている。
(もっと寄りかかって欲しい気持ちはあるけど、その小さな変化が見られるだけでも嬉しいんだ)
ツンデレというのは要するにギャップだ。
しっかり者のゆかさんは彼女の一部ではあるけれど、彼女には違う面もある。
それを自分が知っているという事が、俺はとても誇らしいのだ。
俺はそれを自慢したくて、余計な事を口にした。
「そこがまたいいんですよ。普段警戒心が強いからこそ、懐いてくれた時がたまらないんですよね〜」
―――そして、調子にのった俺に、天罰が下ったのだ。


「わ、おい、黒澤!」
突然慌て出した大野さんの視線の先にはゆかさんが居た。

「黒澤くん」
いつもと変わらない表情で俺の名を呼ぶ彼女に背筋が凍る。
「今日・・・」
「え、ゆかさんからお誘い!?嬉しいなぁ」
俺は彼女の表情をゆるめたくてそう言ったが、効果はなかった。
「絶対、来ないでね」
そうきっぱりと言った彼女の唇は固く固く結ばれていて俺は浮かれていた自分を心底呪った。
(ゆかさんに、こんな顔させちゃうなんて・・・)




(すごく、嫌そうだった)
あの時のゆかさんの顔が頭から離れない。
俺を見る時少しだけ細められる目は、あの時他の人を見るのと全く変わらなかった。
固く結ばれた唇は、きっとたくさんの感情があふれるのを我慢していた。
微かに赤かった耳は、きっと羞恥に耐えていた。
(あぁ、なにやってんだろう、俺・・・)
あの後俺は本当に仕事が手につかなくなってしまって、普段ならありえないミスをしてしまい残業する羽目になった。
ゆかさんは珍しく早めに仕事を切り上げると少し急いだ様子で帰っていった。
(家に来ないでって事は、誰か来るのかな?俺に、会わせたくない人――?)
そもそも彼女の家に行く事はあまりないし(でも鍵はもらっている。あの時は本当に嬉しかった!)、大野さんしか居なかったとはいえ会社で今日は来ないでと口にするなんて・・・。
何か、おかしい気がする。
違和感を感じた俺は急いで仕事を片付けて彼女の家へ向かった。










(見るだけ。見るだけだ。明かりがついてたら帰ろう。お客さんが誰だかは気になるけど・・・)
もしかしたらゆかさんが何かに困っているかも知れないと思うと、それで嫌われたとしてもなんとかしたいと思った。
でも本当は自分が不安なだけかも知れない。
(会社でゆかさんが俺との付き合いが分かるような事を口にするなんて――)
嬉しい事の筈なのに、彼女が冷やかされるのに慣れたとは思えなくて、よっぽどの理由があったんじゃないかと思ってしまう。
俺にどうしても来て欲しくない、理由が。


(・・・ついてない)
外からゆかさんの部屋を見上げると、真っ暗だった。
(不在の場合どうするか考えてなかった・・・ゆかさんどこに行ったんだ?まだ電車は動いてるけどもうけっこう遅い・・・)
まさか本当にトラブルに巻き込まれたんじゃ。
考えながらうろうろとしているとすれ違った人がものすごく不審そうに自分を見ている事に気づいて、俺は慌てて建物の中に入った。


(まさかもう寝ちゃったとか・・・具合悪かったのかな?そんな風には見えなかったけど・・・あぁぁドアの前でうろうろしてたら今度こそ通報されちゃうかも)
俺はもう何も考えられなくなって、泥棒にでもなった気分でそっと鍵穴に鍵を差し込んだ。

(甘いにおい・・・)
部屋の中は外から見た通り暗かった。
しかし部屋の中の空気は思っていたのと違って、しんと冷えた空気ではなく温かく甘い空気だった。
(ゆかさんの部屋ってこんな匂いだったっけ・・・いや、これはチョコレート?お菓子でも作ってたのかな・・・)
部屋にはついさきほどまで人が居たような気配がある。
何故か電気を付けるのがためらわれて、俺は静かに靴を脱ぎかすかな月明かりを頼りに部屋の中へと進んだ。

「ゆかさん・・・」
ゆかさんは、居た。
自分の家なのに、ソファーの端っこで隠れるように丸まって眠っていた。
そっと顔をのぞき込むと彼女の濡れた頬が月明かりに照らされてやたら神秘的に見えて、俺は一瞬固まってしまった。
(み、見とれてる場合じゃない!ゆかさん一人みたいだし・・・何があったんだ?)
ぐるりと部屋を見渡してみると、ソファーのすぐそばには脱ぎ捨てられたようなエプロン。
甘い匂いのするキッチンには、お菓子を作る時に使うと思われる容器や道具が散らかっていた。
(これは・・・もしかして失敗したとか?ゆかさんお菓子作るの苦手なのかな?ゆかさんのごはん美味しいからなんでも作れるんだと思ってたけど・・・ゆかさん可愛い!でもなんでお菓子なんて・・・・・・)
そこで俺は、自分に非常に都合のいい解釈をしたくなった。
もうすぐ、バレンタインだ。
ゆかさんが浮気なんて器用な事が出来るとは正直思えない。
もしかするとこの少し黒くなりすぎたチョコレートケーキは俺のなんじゃないか――。
こっそり練習してくれていたのかも知れない。
もしかしたら、それに気づかれたくなくて俺に素っ気なかったのかも知れない。
冷やかされるのはもちろん苦手なんだろうけど、照れているだけで俺と付き合っている事が知られるのは別に嫌じゃないとか――。
(流石にそれは、自惚れすぎか)

でもそのチョコレートケーキはもう俺の物にしか思えなくて、俺はそれを持ってゆかさんの元に戻った。
頬に残った涙のあとを優しくぬぐって。
風邪をひかないように毛布で彼女をくるんで。
俺はその寝顔を見ながら、起きたゆかさんがどんな反応をするか想像しながら、少し苦くて固いチョコレートケーキをほおばった。
それは俺にとっては何より美味しくて甘い、最高のケーキだった。
(ヤバイ、ツンデレ効果絶大過ぎる・・・!)

俺は自分が思っているよりゆかさんに愛されているのかも知れない。
そう思ったらどうしようもなく嬉しくて、今なら泣ける、と思った――。









*an afterword
本当はゆかさんにデレてもらおうと思っていたのですが、起きるのを待っていたら朝になってしまいそうだったので、黒澤さんに妄想してもらいました。
大丈夫だよ黒澤さん!大好きだよ!
 
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