もっと頼って


午後3時。給湯室に向かうゆかさんが見えて、そっとその背中を目で追う。
(コーヒー、かな?)
この時間彼女はどうしても眠くなってしまうようで、いつも少し濃いめのコーヒーを淹れる。
それでも目が覚めなくて、必死に目を開けている彼女は本当に可愛い。
―――片想いだった期間が長過ぎて(だって入社からずっとだ)、彼女について詳しすぎる自分に若干引く。
(どうしようかな。ちょっかい出しに行っちゃおうかな。そうしたらゆかさんの目も少しは覚めるだろうし・・・)

――と、ゆかさんを観察していたら彼女は少しきょろきょろとした。
(誰か探してるのかな?)
俺だったらいいのに、とあり得ない事を思う。
彼女は俺と付き合い出した事を隠そうとはしなかったけれど、積極的に公表しようともしなかった。
俺が彼女にちょっかいをかけるのはいつもの事で。それに彼女が冷たく返すのもいつもの事。(最近はそれに照れが混じっているのだけれど、それに気づいてくれる人はなかなか居ない)
つまり、甘え下手な彼女が会社で仕事以外の事で話しかけてくれるなんて事はなかなかないのだ。


困ってるなら助けてあげたいと腰を上げかけたが、ちょっと様子が違うようだ。
気合いを入れるように小さくうなずいた彼女は、困っているというより誰かに見つからないようにいたずらをしようとしている子供のようだった。
何を始めるのかと思って見ていたら、彼女は思い切り背伸びをして棚の上にあるコーヒー豆が入っている箱に手を伸ばした。
(わ、脇腹!脇腹見える!!)
俺はもちろん大歓迎だけれど、他の人に彼女の脇腹を見せるわけにはいかない。
俺は慌てて(でも音は立てないように)立ち上がって給湯室に向かった。










「もう、ちょっと・・・!」
いける!みたいな調子で彼女は言ったけれど、箱は落下寸前だった。
俺はため息をつきたいのをこらえて彼女の後ろから手を伸ばして箱を支えた。

「なんで誰も居ない事を確認してよし!なんですか。普通逆でしょう」
箱の中から豆を一袋取り出して渡しながらそう言うと、ゆかさんは本当に驚いたようで目をまんまるにした。
(か、可愛い・・・けど、負けちゃ駄目だ俺!)
「く、ろさわくん・・・ありがと。だって、もし落としちゃったら恥ずかしいじゃない」
「いやいやいや、だからさ、落とすかもって思うならなんで自分でやろうとするんですか」
「え?だって・・・コーヒー飲みたいのは私だし」
ゆかさんが言えば誰だって快くコーヒー位淹れるのに、彼女は当たり前のようにそれをしない。
それどころか俺たちの分を淹れてくれたりする。
(そんなゆかさんだからみんなついて行くんだけど・・・出来ればそれは女性限定のサービスにしていただきたい)
「何杯分にしようかな・・・あ、黒澤くんも飲む?」
俺の葛藤を知るよしもないゆかさんが他の人にも聞きに行こうとするのを慌てて止めて、肩をつかんで自分に向き合わせた。
「な、なに・・・?」
困ったように素早く辺りを見回して。少し頬を染めて俺を見上げる彼女は本当に・・・。
(いやいや、だから、負けちゃ駄目だって!!)
「呼んでくださいよ。コーヒー淹れるのはゆかさんの方が上手いかも知れないけど、コーヒー豆を取るのは俺の方が得意です」
なにそれ、と言って笑う彼女にどうも俺の気持ちは伝わっていないらしい。

「睡眠足りてないんじゃないですか?今日はいつもよりあくびの数が多いです」
「え!?ご、ごめ」
「ぶー。それも不正解です」
「えっと・・・ごめん、意味が分からない」
「・・・好きです、ゆかさん」
なに言ってるの!と小さく叫ぶゆかさんにもう一歩近づく。

「俺、ちょっと気持ち悪いくらいゆかさんの事見てます」
「う、ん・・・?」
ゆかさんにとっては全く脈絡のない話に思えるだろうに、それでも真剣に聞こうとしてくれる彼女にやっぱり好きだな、と思う。
「もっと話したいし一緒に居たいしかまって欲しいんです」
「・・・うん」
「見てるだけは卒業したいんです。ゆかさんが困ってる時は俺がなんとかしたい」
「えっと・・・うん、ありがと」
うれしい、と小さく小さく言いながらスーツのすそをつかんできたゆかさんの手に幸せをかみしめる。
「じゃあ、コーヒーは2杯分お願いします。ふたりでちょっと休憩しましょ?」

ゆかさんがうなずくのを確認して、俺は音を立てないように給湯室の扉を閉めた。









*an afterword
眠気を覚ます方法を検索してみたけれど、一番効果的なのは20分寝る事、だそうです。
 
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