ひとりにしないで


時計を見ると、もう22時だった。
仕事が忙しかったからしょうがない、と十分自分に言い訳できる時間。
(我ながら女々しい・・・。かえろ)

「ゆかさん、終わりましたー!」
荷物を片付け始めた絶妙なタイミングで、声。
「・・・黒澤くん。まだ居たの?」
「スミマセン、俺、仕事遅くって」
(嘘だ、絶対嘘だ。だって誰よりも要領いいじゃない)
「・・・」
(でも、なんで、嘘なんかつくの?)
私は仮面をかぶるのも忘れて、じっと黒澤くんを見た。
黒澤くんも、私を見ていた。
―――1年前のような、真面目で優しい表情で。

「俺ちゃんと仕事終わらせましたよ!だから、デート、しましょ?」
「え・・・」
(ほんとに、行くの?いつもの冗談じゃなくて??)
私が動けないでいると、黒澤くんは真面目だった顔を崩して散歩をねだる犬のように私の周りをうろちょろしだした。
「ゆかさん早く!俺おなかぺこぺこですよー」
それはまるで行く事が決まっているような口ぶりで。
断るタイミングを失った私はそこらへんの物を適当にバックに詰めて、黒澤くんに引っ張られるように会社を出た。










「ギリギリセーフ!」
ラストオーダー目前の時間だったけれど、レストランの人は快く私たちを迎え入れてくれた。
そこはいつか私が想像したような、ちょっと雰囲気がいいけれど肩肘張っていない、素敵なお店だった。
「乾杯はシャンパンですかね?サングリアもオススメなんであとで飲んでくださいね!」
(なんで私の好きな飲み物知ってるんだろう・・・)
黒澤くんと飲んだ事がないわけではないけれど、大勢でだからたいてい居酒屋だ。
不思議に思ったけれど反対する理由はなかったので、私はこくりとうなずいた。


「ゆかさん、お誕生日おめでとうございます!」
(あ・・・覚えてて、くれたんだ)
グラスを合わせながら言われた言葉に、私は嬉しくなってつい頬をゆるめた。
「ありがとう」
素直にそう言うと、黒澤くんは、いつかみたいに私よりも嬉しそうな顔をした。

黒澤くんがすすめてくれる料理も私の好きなものばかりで、さっきの疑問が再び頭をもたげる。
(なんでこんなに完璧なの?これも私の気を晴らす為のサービス?)
私が考え込んでいると、黒澤くんが少し不安そうに顔をのぞき込んできた。
「あれ・・・ゆかさん、これ嫌いでした?」
「ううん、好きだけど・・・。なんで知ってるのかなぁって」
言ってしまって途端に後悔する。
(ただの偶然かも知れないのに!自意識過剰だと思われたらどうしよう!)
そんな私の心配をよそに、黒澤くんはなんでもない事のように言った。
「そりゃぁ・・・聞きましたから」
「え・・・だれに?」
「田村さんとかに」
(田村さんって、前に合コンしてた・・・)
「人間関係っていうのは、ある意味情報戦です」
「・・・?」
「押すばっかりがいいとは限りません。捕まえる前に逃げちゃう人も居ますからね。そう言う時は、外堀から埋めていくんです」
「・・・はぁ」
(なんの話してたんだっけ?)
「捕まえた。」


黒澤くんは楽しそうに言うと、テーブルの上にあった私の手を握った。
反射的に手を引っ込めようとしたが、黒澤くんは手を離してくれない。
(なにが、どうなって・・・)
「ゆかさん」
「は、はい・・・」
「好きです。付き合ってください」
(えーーーーー!!!!!)










私は頭が真っ白になって、でも顔が熱くてたまらなかった。
汗ばんできた手が気になって再び手を引こうとしたけれど、より強く握られてしまう。
「ゆかさん」
「・・・無理、だよ」
「どうしてですか?」
「私、我儘だもん。我儘言い過ぎてフラれたんだから」
「たとえば?」
「たとえば・・・約束があっても、仕事でドタキャンとか」
「んー、他には?」
「だけど・・・ちょっとでいいから、会いたいとか」
「それと?」
「愚痴、けっこう言っちゃうし」
「うん」
「べたべたするのは苦手だけど、たまには特別扱いして欲しいし」
「うん」
「私・・・ほんとは、強くなりたいってずっと思ってるの」
「うん」
「でも、駄目なの。ひとりじゃ頑張れないし、ひとりは、寂しい――」
「うん」
私は恥ずかしくて、情けなくて、少し泣きたくなってうつむいた。
告白されてるのは私の筈なのに、私の方が余裕がない。
「あとは?」
「え、あとって・・・」
「それだけですか?」
「えっと、ずいぶん言ったと思うんだけど・・・」
ちらりと黒澤くんの表情をうかがうと、黒澤くんはこんな時なのに楽しそうに笑っていた。
私は黒澤くんと目を合わせられなくて、慌てて視線を下げたら黒澤くんに握られた私の手がそこにあった。
(もう、どうしたらいいの)
「ゆかさん、我儘なんて一つも言ってないじゃないですか」
「そんなこと、ない」
「いつも俺たちが無理しなくていいように、ゆかさんが残業してくれてるの知ってます」
「・・・うん」
「残業して疲れた後に会いたいって思ってもらえるなんて俺なら嬉しい」
「・・・うん」
「ゆかさんは人に頼らなさ過ぎです。そりゃ、部下に愚痴なんて言いづらいのかも知れないけど、俺は聞きたい」
「うん・・・」
「あと、ゆかさんが強がってるのなんて、最初っから知ってます」
「・・・」
「でも、そんなゆかさんが好きです」
恐る恐る顔を上げると、もう黒澤くんは笑っていなかった。
とても真剣な表情だった。
大切な人を見る、目だった。
(どうしよう、もう、無理―――)

ぽろりと私の目から涙がこぼれても、黒澤くんは慌てたりしなかった。
その涙を優しくぬぐって、そっと頭を撫でてくれた。
「デザート、食べましょうか。きっと気に入ると思いますよ」
喋ったらもっと泣いてしまいそうで。
私は自分の気持ちが伝わるように、子供みたいに大きく、うなずいた――。









*an afterword
こういうお話が書きたいなーと思った時に、どうしようSPそういう人居ないじゃん・・・と思ったらいい人が居るじゃないですか!!
すごい!黒澤さんすごいよ!黒澤さんオールラウンダーじゃん!
黒澤さん書くのは難しいとか思ってたけど、なんだか道が開けた気がします!!(これが黒澤さんと呼べるのかどうかは、謎だけど・・・)
 
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