やさしくしないで


「ゆかさーん大野さんがいじめますぅ」
(ここ、学校じゃなくて会社の筈だけど)

だいたいフラれたのはレストランのせいじゃなくてプレゼントのせいなのに。ヒドイと思いません?と大野くんから隠れるように私の机の影にしゃがむ黒澤くんはとても社会人には見えない。
私は今それどころじゃないのに。書類作り直しとか言われて焦ってるのに。
だけど黒澤くんを見ていると気が抜けてしまう。
しばらく人の机の回りをぐるぐる回った彼らは奇声を発しながらフロアから出て行った。
(なにやってんだか。仕事しなさいよほんと・・・)
ため息をひとつついて、仕事を再開する。
(あれ・・・)
気付くと沸騰しそうだった頭は綺麗に冴えていて。
作り直しの書類をさらに失敗するという最悪の事態は避けられそうだった。
(タイミングが良すぎる・・・けど、まさかね)










「ゆかさん!俺と、デートしてください!!」
「・・・・・・」
「な、なんですかその白い目は!俺超真剣なのに!」
「・・・空気を読みなさい、空気を」

言葉を変えて繰り返される、私への好意がにじんだかのような言葉。
だけど最近確信した事がある。
黒澤くんは空気が読めないわけじゃない。むしろ読み過ぎるくらいだ。
黒澤くんがデートに誘いにくるのは、決まって私の都合が悪い時。
上司に怒られて凹んでいる時、誰かがミスをしてそれを取り戻そうとしている時、納期が迫って焦っている時―――。
だから、そのデートとやらが実現した事は一度もない。
黒澤くんはデートやら食事やらダーツやら色々と言ってくるが、私の気が晴れた頃に諦めるのだ。
そして、次こそはデートしてくださいね、と言って立ち去る。
とてもスマートで、ちょっと残酷な、気遣い。
(デートが実現すればいい、と思ってるなんて、口が裂けても言えない)
今日も私の気持ちが凪いだ頃にちぇー、と言いながら自分の席に戻っていった黒澤くんの背中を私は密かに追いかけていた。

「じゃ、黒澤、あとでね。可愛い子来るから期待しといて〜」
女の子にそう声をかけられて、黒澤くんの肩が微かに揺れた。
でもきっと笑顔を返したのだろう。その子は軽く手を振って去っていった。
(合コン、か。予定あったんじゃない。嘘つきもいいとこだよ)
黒澤くんが私をデートに誘うのは、私が煮詰まっているのを見て気分転換させてくれているに過ぎない。
分かっていた。分かっていたのに、苦い気持ちが広がる。
脳が働かない。
それでも私は機械的に手を動かした。



―――コト。
物音にはっとして顔を上げると目の前には私の好きなミルクティーの缶。
それを置いた人物はいつも通りにこにこと笑って言った。
「ゆかさん、俺、諦めませんから!」
あまり無理しないでくださいね、と言い残して背を向けた黒澤くんに、私は何も言えなかった。
(やだ。もうやめてよ)
こんな事されて。
うっかり信じちゃって、うっかり好きになっちゃって、うっかりフラれちゃったら目も当てられない。
(もう、駄目なら次!なんて言う気力残ってないよ)
黒澤くんがくれたミルクティーは甘くて、温かくて。
私はそれをごくごく飲んで、泣きそうな気持ちを誤摩化した。










「ゆかさん!今日暇ですか?」
「見ての通り残業中」
「えー。デートしましょうよ〜」
「・・・そういう事は、自分の仕事終わらせてから言いなさい」
「終わったら誘っていいんですか?」
「ほんと、その口ふさいでやりたいよ」
「ゆかさんの唇で!?どうしよう心の準備が!!」
「ガムテープでよ!もういいから仕事するか帰るかしなさい」
「はーい」
楽しそうに席に戻る後ろ姿に、ため息。
(少しはこっちの身にもなってよね)

あれから私は黒澤くんとの距離の取り方に慎重になった。
黒澤くんの言葉はすべてリップサービスだと自分に繰り返し言い聞かせ、隙あらば期待しそうになる自分を戒める。
そうしてなんとか深入りせずに―――気付いたらまた、私は誕生日を迎えていた。

(去年の誕生日は・・・楽しかった)
私が女だからって見下しもせず、変な対抗意識を持ったりもしないでゆかさんゆかさんと素直に付いてきてくれる可愛い部下達に、たくさんおめでとうを言ってもらった。
年齢を言っても見えないと言ってくれ、彼氏にフラれた事を言ったら怒ってくれた。
きっとあの彼と過ごすよりずっと楽しかった。
―――そして、少し遠くにあった黒澤くんの満足そうな顔。
(わすれ、られない)

去年は予定もないしやる事あるなら仕事でもするか、くらいの気持ちで居られたのに。
今年はなんだか落ち着かない。
早く帰るのも、寄り道するのも、気が進まない。
(覚えてくれてたら、なんて、思っちゃってるのかな)
また馬鹿な事を考え始める自分の思考に無理矢理フタをして、私は仕事を再開した。
 
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