ごかいしないで


「結局、仕事してる方がいいって事だろ。もうお前の予定に合わせるの疲れたよ」

そんな事はなかった。全然なかった。
彼の事は好きだったし、彼といる時間だって大切だった。
でも仕事を放り出して会うのは間違っていると思っていたし、自分の下についてくれている人たちが頑張っているというのに、自分だけ先に帰る気にはどうしてもなれなかった。
(そんなに振り回した?ちゃんと連絡は入れてたし、嫌がる事はしないようにしていたのに)
私の事を“お前”と呼ぶ少し威圧的な彼に、私は言えない事も多かった。
(っていうか、誕生日プレゼント買いたくなかっただけじゃないの)
言い訳も聞いてもらえなくて、“別れたくない”も言えなくて、結局私は誕生日の3日前に、フラれた。










「絶対居心地のいいお店の方がいいですって!」
「え〜、でも女って、高いホテルで食事とかの方が喜ぶんじゃねぇの?」
「写真見せてもらった感じだと、そうは思えないんですけど・・・」
「写真で何が分かるんだよ」
「服装ですよ。服装や小物でだいたいの事は分かります」
「まじかよ。でも誕生日だぜ?やっぱ奮発した方がいいんじゃね?」
「分かってないな〜。そこがセンスの見せ所なのに!」
「おま、ほんと生意気だな!」

“誕生日”という単語にぴくりと反応する。
今日はもはやめでたくも何でもなくなってしまった、私の誕生日。
(むしろめでたくない・・・そろそろ年齢を口にしたくなくなってきたもん)
出そうになったため息を飲み込もうと息を止めた時、黒澤くんに声をかけられた。

「ゆかさんも、そう思いますよね!?」
「・・・へ?」
まさか話を振られると思っていなかった私は間抜けな声を出してしまった。
「誕生日!デートで行くならホテルのレストランか居心地のいいお店、どっちがいいですか?」
(祝ってくれる人が居たら、それでいい・・・)
無邪気な顔をして聞いてくる黒澤くんにそんな卑屈な答えを返すわけにもいかず、私は少し考える。
「居心地のいいお店、かなぁ・・・」
黒澤くんに聞かれたせいか、頭の中に黒澤くんとちょっと雰囲気がいいけれど肩肘張っていないお店で食事している風景が浮かんで、私は慌てて首を振った。
「やっぱり!ゆかさんはそう言ってくれると思ってたんです!ところでゆかさん誕生日っていつですか?」
「いやー、あの、俺の彼女年下なんだけど・・・」
きょう、と言いかけた私の言葉は大野くんによって見事にかき消された。
(危なかった・・・今日だけど3日前に彼氏にフラれたのとかみっともない自虐趣味に走る所だった・・・)
「参考にならなくて悪かったわね。・・・ていうか、もうとっくにお昼休み終わってるから。早く仕事に戻りなさい」
何でもない風を装ってPCに視線を戻す。
二人を追い払うように手を振ったのに、黒澤くんの視線がずっと私に向いているような気がして、なんだか落ち着かなかった。










今日うちのチームの子達は飲みに行くようで、定時になるとみんな片付けを始めた。
(そういえば声かけてもらったっけ。でもその時はまだ今日予定がある予定だったから・・・)
早めに上げた方がいい書類もあるし、もう少しやっていこうかな、とぼんやり考える。
机の横の山から必要な資料を取り出そうとしていると、目の前ににこにこした黒澤くんが立っていた。

「・・・どうかした?」
「ゆかさん、これからみんなで飲みに行くんですけどゆかさんもどうですか?」
「え・・・」
行きたい気もする・・・けど、一度断った飲み会に参加するというのはどうなのだろう。
私がためらっていると隣の席の子が黒澤くんに返事をした。
「黒澤くん、残念だけどゆかさんは今日デートなのよ、デート。お誕生日ですもんね〜!」
「あー・・・、うん。ごめんね、楽しんできてね」
私はそう返すしかなくて、笑顔を作る。
でも黒澤くんは返事をくれなくて、それどころか見た事もないくらい真面目な顔で私を見ていた。
(なに、どうしたの)

「でもゆかさん仕事しようとしてますよね?ほんとに予定あるんですか?」
一見嫌味にもとれるそれは、黒澤くんが口にすると何故か不快な感じは全くしなくて。
本当にこの子はコミュニケーション能力に長けている、と思った。
なんだか注目されてしまっているような気がしたけれど、まっすぐな黒澤くんの目から逃げられなくて、私は素直に口を開いた。
「予定は・・・なくなっちゃった」
周りの反応が少し怖くてうつむきかける。
しかし止まっていたように思えた時間はいとも簡単に動き出し、周りの子達はじゃあゆかさんも来てくださいね、待ってまーすなどと言って出て行ってしまった。
(あれ・・・そんなに難しく考える事、なかったのかな)
みんなの反応がなんだか嬉しくて。
少しくすぐったいような気持ちで扉の方を見ていたが、黒澤くんがまだ目の前に居る事に気付いてそちらを向くと、何故か黒澤くんは私よりも嬉しそうな顔をしていた。


「あーあ・・・みんなが行っちゃってから聞けば良かった。そしたらゆかさん独り占めできたのに」
私の片付けを眺めながらそう言う黒澤くんは言葉程残念そうな顔はしていなくて。
見守るような優しいまなざしに、私は一瞬彼との年齢差を忘れそうになる。
(いやいや、ない。ないから)
―――それでも。
なんの変哲もない一日になる筈だった私の誕生日が、少しだけ、特別な日になったのは確かで。
日付が変わって少し経った頃、私は軽く酔った体を放り出して少し幸せな気持ちで眠った。
 
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