番外編*石神部長の受難


「あ、黒澤くんだ。」

彼女の視線をたどると、スキップでもしそうな勢いでオフィスに入っていく黒澤が視界に入り、反射的に眉間力が入った。
「そんな顔しないの」
彼女はたしなめるように俺にそう言うが、仕方のない事だと思う。
――案の定、黒澤が入っていった直後から中は急に五月蝿くなり(他の部署の人間も居るというのに)、その中から逃げるように戸田が飛び出してきた。


「い、しがみぶちょ、」
「何をしているんだ。仕事中だぞ」
「す、すみません!・・・あ。部長たちもいかがですか??」
下げていた頭をぱっと上げて、一瞬で笑顔になった戸田にため息をつきたくなる。
(本当に反省しているのか)
この変わり身の早さ。どうにも、黒澤から悪影響を受けているように思えてならない。
「わ、美味しそう。戸田さんがつくったの??」
しかし彼女は俺の様子を気にする事なく、戸田と会話を進めている。
戸田が持っているのは焼き菓子のようだった。
「まだ練習中なんですけど・・・でも!食べ物にはなってると思いますから!!」
「大丈夫よ十分美味しそう。・・・黒澤くんの為の練習?」
彼女がからかうようにそう囁くと、戸田は一瞬で顔を赤くした。
「あの、すみません、その・・・!!」
「かわいい。頑張ってね。あ、石神くんももらったら?糖分でも補給してその眉間どうにかしなよ」
(誰の、せいだと思っているんだ!)
確実に原因の一端を担っている彼女は、相変わらず勤務中とは思えない表情で笑っている。
「ちょっとゆかさん!なんで俺にだけくれないんですかぁ!」
勤務中にあるまじき情けない表情の黒澤が加わって、その場はさらに五月蝿くなる。
「石神部長は良くて俺はダメ!?俺、何かしました!?」
この会社で、俺に臆する事なく話す人物は貴重だ。
(・・・しかし、挨拶くらいしたらどうなんだ)
俺の存在を無視して話し続ける3名に何か言おうと口を開きかけた時、彼女に軽く肘をつつかれた。
「もう一枚もらうね。ありがとう」
その一枚を俺に持たせると彼女が行こうと目で促すので、俺はぎゃあぎゃあと騒ぎ続ける黒澤を無理矢理意識から追い出して、しぶしぶそれに従った。



「ん。おいし。・・・彼女、肩の力が抜けていい感じになったね」
「歩きながら食べるな」
「ご機嫌斜めだなぁ。黒澤くんに彼女とられちゃったから?」
「・・・また突拍子のない事を」
「えー?石神くん戸田さんの事入社した頃から気にかけてたじゃない」
「そんな事はない」
「またまたー。妹とられちゃったシスコンの兄みたいだよ?」
「・・・どうして、」

彼女の前に出て行く手を阻み、不思議そうに俺を見上げる彼女の目をのぞき込んだ。
「どうして妹のように思っていると言い切れる?」
「どうしてって・・・なんとなくだけど」
「・・・君は妬いたりしないのか」
女々しい事を言っているのは自覚している。
それでもいつも飄々としている彼女が、俺の為に表情を変える所が見たかった。
―――なのに。

「え、ごめん、しない」
そうはっきりと言われて俺は肩を落とした。
「でも、ほら、石神くんだってしないでしょ?黒澤くんとか、まだ子供みたいじゃない」
当然の事のようにそう言う彼女に、触れそうなくらい顔を近づけた。
「俺は、妬く。だから行くなよ、この前大野に飲みに誘われていただろう」

ぽかんと口を開いたまま反応を示さない彼女の口に焼き菓子を突っ込んで、俺はさっさと自分のフロアに向かって歩き始めた。
「・・・顔赤くするくらいなら、慣れない事言わなきゃいいのに」
後ろから彼女の少し嬉しそうな声が聞こえてきたが、当分振り向けそうにない。









*an afterword
奇跡の1位感謝祭!でいただきましたリクエスト、石神部長を是非登場させて!でした。
曲解させていただきまして、黒澤カップルを見守る石神部長とその彼女、という自給自萌なお話にしてしまいました。おかげで大満足です!(笑)
部長って何歳くらいでなれるんですかね・・・でも、平均年齢が低い会社なら若い部長も居るかな??
以前年下彼女が居た大野くんは、黒澤さんたちを見て年上アリだな!と思って石神部長の彼女をナンパした模様です。命知らずですね。
自己満にお付き合いいただきありがとうございました。どうかこれからもthink of xxをよろしくお願いします!
 
back

home

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -