(駄目な日ってほんと、何もかもが駄目だなぁ・・・)
私自身はいつも通り仕事をしていたつもりだったけれど、歯車がひとつ欠けたみたいに、今日は何をやってもうまく回らなかった。
こんな日は早く帰りたい所だったけれどそういう日に限って(そういう日だから?)なかなか仕事は終わらず、金曜日だからか終電に近い電車の中はお酒の匂いで空気が悪かった。
――そしてようやく電車を降り最後の乗り換えの為に歩いていた所で、めんどくさい人に捕まってしまった。


「森山さん!森山さんだよね?私服だから一瞬分からなかったよ」
「あ・・・・・・どうも、お久しぶりです」
突然目の前の現れたおじさんの顔を、記憶の中から探す。
「最近見かけないけど。辞めちゃったの?」
「・・・いえ。移動になったんです」
(思い出した。前の店舗の、時間かかるわりにはあまり買ってくれない常連さんだ)
「そうなんだ。どこなの?」
顔が引きつりそうになったが、なんとか営業用の顔を作る。
(これは・・・言ったら来るつもりだろうか。トラブルの元になりそうなモノは避けたいんだけど・・・)
無意識に半歩体を引いたら、それ以上に距離を詰められた。
嫌な予感に背筋が寒くなった時、もう随分思い出していなかった、懐かしい声がした。


「森山?」
はっと声の方を振り向く。
そこには――思っていたのとは違う人が居た。
(でも・・・大人っぽくなってるけど、間違いなく後藤くんだ・・・)
「・・・森山、早くしないと電車なくなるぞ」
私の状況を察してくれたらしい後藤くんは、少し強引に私の腕を引っ張った。
「すみません、失礼します」
私は常連さんに軽く頭を下げると、後藤くんに促されるまま電車に乗った。



「あ・・・この電車で良かったか?」
電車が発車してしばらく経ってから、後藤くんは我に返ったように言った。
「うん、大丈夫・・・って、後藤くんこれじゃ駄目なんじゃない?」
「あー・・・いい、たいして変わらない」
交わした会話に、既視感。
初めてデートした日の帰り道も、こんなやりとりをした気がする。

(もう10年近く経ってるんだ・・・)
高校生の頃、私と後藤くんは付き合っていた。
今思うとおままごとみたいな可愛らしい付き合いだったけれど、私には大切な思い出だ。
小さな事に一喜一憂して、明日が来るのが待ち遠しくて。
(どうして、別れたんだっけなぁ・・・)
楽しかった事はよく覚えているのに、なぜかすぐには思い出せなかった。
(確か同級生にからかわれた後藤くんが照れて言った言葉に、私が腹を立てたんだっけ)
今思えば別れる理由すら可愛いものだ。
(あの時に戻れたら・・・絶対にそんな事で怒ったりしないのに)
今でも忘れられないなんて、そんな女々しい事は言わないけれど。あれから付き合った人とはあまり長く続かなかったのも事実だった。


「あ、そうださっきはありがとう」
「今かよ。相変わらず変なタイミングだな」
ふ、と笑った顔が優しくて困ってしまう。
(そっちこそ、そういう所全然変わってないじゃない)
何も喋らなくても居心地がいいのも、何かを話せば面白い言葉が返って来るのも(彼に言わせれば面白いのは私の発言の方らしいが)、好きだった所ばかり変わらず残っている。
(この電車が環状運転だったらよかったのに)
ついでに、終日運転だったらいい。
そんな馬鹿みたいなことを、わりと本気で考えた。

――デートが終わるのが嫌で電車から降りようとしなかったあの時と同じように。自分が降りる駅になっても動かない私の手を引いて、後藤くんは電車を降りた。
電車が行ってしまってもなお動かない私を、もう子供の面影をなくした後藤くんがじっとみつめている。
後藤くんの顔が近づいて来ても、私は動かなかった。

「・・・いいのかよ」
今の風貌には似合わない様子で戸惑う後藤くんの唇を、私は彼の目をまっすぐに見たまま待った―――。





淡い淡い恋の夜
もう一度、あなたと眩しい恋がしたい









*an afterword
最初海司を相手に考えていたんですけど、前と似たようなのになっちゃうかなと思って後藤さんにしてみたら・・・意外といい感じ?
実は後藤さんは一人暮らしで今は別の場所に住んでいて、終電逃してタクシーで帰る、とかなるといいと思います(`・ω・´)

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