その気になれば、彼女は自分のモノになると。
本気でどうにかしようとしなかったから彼女は昴さんを選んだのだと。
あの時まで、僕は本気でそう思っていた。



(昴さん、ああ見えて純情っていうか・・・策とか練らずにまっすぐだから)
昴さんの為にお弁当を作ってきたアキさんが、たくさんあるので瑞貴さんもどうぞと言ってくれたので、じゃあお茶を入れてきますねと席を立った。
(このまま気を利かせて戻らない方がいいのかな)
一緒に暮らし始めて、結婚式も2ヶ月後に控えているというのに最近仕事が忙しくて昴さんはあまり家に帰れていない。
昴さんが心配でとか結婚式の打ち合わせをと言ってはいるが、アキさんは単純に寂しいんだと思う。
やっぱりこのままSPルームを出ようかな、と思った所でお弁当を広げている二人の声が聞こえてきた。


「こら、アキ、髪の毛つくぞ」
「あー・・・もう。私こんなに髪の毛伸ばしたの初めてで。案外不便なもんですねぇ」
「あと2ヶ月なんだから我慢しろよ」
「はぁい。結婚式終わったらショートにしちゃうとか、どうですか?」
「あー・・・悪くはないが、もったいないな。・・・ほら、こっち来い。結んでやるから」

―――見なければよかったのに。僕は見てしまった。
彼女の髪の毛に手を伸ばした昴さんは、結ぶ前にひとふさすくい取り、姫の手の甲にするようにうやうやしく、愛おしそうにキスをした。
そして彼女は、微笑んだのだ。昴さんに気づかれないように小さく、とても幸せそうに。
彼女を好きだと思った時よりも、彼女が昴さんと付き合い始めた時よりもずっと、ずっと苦しいと思った。
あの時大丈夫?とたずねてくれたキャサリンに答えた大丈夫だよ、という言葉に嘘はなかった筈なのに。
僕は突然あふれてきた感情をどうしていいか分からず、そのまま静かに部屋を出た。










「瑞貴」
結局僕は休憩時間が終わるギリギリにSPルームへ戻った。
そして何事もなく仕事をして、何事もなく帰ろうとしたが・・・昴さんはそれを許してはくれなかった。

「瑞貴。俺はお前に申し訳ないなんて思ってないからな。謝らないぞ」
やはり昴さんはすべて分かっているらしい。悔しい事に、つい先ほど気づいた僕の気持ちにさえ。
「幸せに・・・してあげてください」
なるべく当たり障りのない言葉を選んだつもりだったのに、昴さんは呆れたように溜め息をついた。
「あのな。俺はお前より自分の方がアキを幸せに出来るなんて思っちゃいない。俺が、どうしても自分の手で笑わせたいと思ったから、アイツの隣に居座ったんだ」
諭すようにゆっくりそう言う昴さんは、出世の事ばかり考えていたあの頃からは考えられない優しい目をしていた。
「恋愛なんてものはな、誰かの為にするもんじゃない。自分の為にするもんだ。どんなに綺麗事並べたって結局、自分の気持ちを押し付ける事に変わりはない」

「俺を恨んだっていい。でも俺も、アキも、もちろんお前も悪くない。――分かるな?」
(―――あぁ、敵わない)
僕は気づいたばかりの自分の気持ちを捨てなければならないと思っていたのに。
(捨てなくていい・・・なら、僕は受け入れなければいけない)
今まで自分を守る為に沢山の言い訳を用意してきた事を。
誤摩化しがきかないくらい、彼女の事が好きだという事を。
(今までよりずっと、苦しい。でも、不思議と心は軽い)

「・・・お幸せに」
「――あぁ」
「お二人の結婚式、楽しみにしています」
(今なら、心から。)
「瑞貴、それ・・・アキにも言ってやってくれないか。瑞貴から出欠席が来てないって、気にしてたからすげぇ喜ぶと思う」
頼む。そう言って謝らないと言っていたクセに僕に軽く頭を下げて去っていった昴さんは、悔しい位に格好良かった。


この日僕は初めて本気で恋をして、初めてその苦しさに泣いた。





神様だって適わない
大丈夫、と泣きながら答えたのに
キャサリンは安心したようにポケットに戻り
いつも通り僕の胸を暖めてくれた









*an afterword
瑞貴を泣かせてすみません!
キス、という漫画に年上の彼氏が彼女に口紅をさすシーンがありましてね、それがすごく素敵だったのです。
昴さんに化粧をしてもらうヒロインをみると私はそれを思い出します。

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