C.×glabriusculum


―――寺はいいな。
そう、何とはなしに言っただけだったのに。
石神さんお疲れですか、働き過ぎです、京都の空気でも吸ってきたらどうですかと薄っぺらい言葉を並べられ、俺が何も言わないうちに新幹線からホテルの手配まで済まされてしまい、俺は一人京都に出張する羽目になった。
(自分たちが行きたくなかっただけだろう。こんな時だけ結託して・・・)
俺も舐められたものだと思いながら、せめて記憶に残る嫌味な土産でも突き付けてやろうと土産屋に入った。


(――にぎやかだな)
修学旅行と思われる高校生であふれる店内。
昔よりもカラフルになった気はするが、昔からある木刀なども目に入り、頬がゆるむ。
(俺のクラスにも居たな・・・無計画に木刀を買って、ホテルで振り回して先生に叱られた奴)
そんな事を考えながら人の流れに逆らわずに進んでいると、いつの間にかストラップが陳列してある一角に居た。
(まったく・・・なんでもかんでもストラップにすればいいってモノではないだろう。なんだ、この小さなひょうたんのストラップは・・・七味?この中に七味入れて持ち歩いてちょっと味が足りない時にかけるのか・・・って正気か!?)

一通り目を通していると、薄く色を付けたガラスの玉の中に植物の葉を入れたストラップが目に入った。
色によって効果が違うという玩具のようなお守りだ。
(――緑、だろうか)
ふいに俺はマカロンのストラップを渡した時の葵さんの嬉しそうな顔を思い出し、無意識に葵さんに似合いそうな色の物を手に取っていた。


「こっちの方がいいんじゃないですか?」
赤いガラス玉を指差す細い指といかにも自然に話しかけられた今聞こえる筈のない声に、俺は不自然な程驚いた。










(葵さんが何故ここに!?)
俺は驚いている事を悟られてはいけないような気がして、意識して抑揚のない声を出した。
「赤が好きなんですか?」
「あれ、さすが石神さん!驚かせようと思ったのにー」
すぐ隣から葵さんの嬉しそうな声が聞こえる。
動揺を悟られなかった事にほっとしながら、俺はゆっくりと横を向いた。
思った通り葵さんはにこにこしていて、しかしストラップを差した指はそのストラップを取るか取るまいか迷うように揺れていた。

「赤が好きなんですか?」
同じ質問を繰り返すと、葵さんはきょとんとした。
「だってアキさんって赤とかピンクとか・・・そういうイメージじゃないですか?」
「・・・アキさん?」
俺が眉間にしわを寄せると葵さんはますます不思議そうな顔をした。
「アキさんへのお土産じゃないんですか?」
(あぁ・・・そういえば葵さんは俺がアキさんを好きだとか迷惑な勘違いをしているんだったな)
俺は一人納得し、小さくため息をついた。
「違いますよ」
「え?もしかしてアキさんも一緒なんですか!?」
「どうしてそうなるんですか。一体どういう思考回路を・・・」



(―――なんだ?)
ぶしつけな視線を感じて素早く辺りを見回すと、こちらに携帯を向けている男子高生が居た。
俺が視線を遮るように立つ位置を変えると、葵さんはそれに気づいたようだった。
「・・・ありがとうございます」
困ったように笑う葵さんに軽く首を振ってみせると、葵さんはほっと息をついた。

「ところで、何故ここに居るんですか?」
空気を変えようと気になっていた事を聞くと、またも葵さんは不思議そうな顔をした。
「それはこっちの台詞ですよ!」
そう言われて俺はようやく葵さんが制服を着ている事に気づいた。
「修学旅行・・・ですか」










制服姿の葵さんを見るのは初めてだった。
女子高生にとっては標準であろう短いスカート。少しボタンを開けたワイシャツの胸元には赤いリボン。
一番年相応な格好をしている筈なのに、俺はひどく違和感を覚えた。

葵さんはおかしな人だ。
官邸でSP達に囲まれている葵さんは実際の年より幼く見えるのに、テレビの中にいる葵さんを子供に分類するのははばかられる。
(だからといって・・・葵さんの年齢は知っているのに、高校生という事を失念するなんてどうかしてる。捜査ではないとはいえ仕事でここに居るのに、俺は・・・)

「石神さん?」
葵さんの声に思考を中断する。
問いかけるように葵さんを見ると、葵さんは言葉を続けた。
「石神さんはどうしてここに居るんですか?」
「仕事ですよ」
「一人で・・・ですか?」
詳しく聞いてはいけないと思ったのか、葵さんは少し控えめに質問を重ねた。
「一人ですよ。書類の配達とくだらない会議、おつかいみたいなものです」
俺がそう答えると、葵さんは小さく笑った。
「・・・なんです?」
「石神さんって素直なんですね!」
(また、何を言い出すんだこの人は・・・)
「そんな事を言われたのは、初めてです」
俺は心底驚いていたが、いつもと変わらず聞こえるように、言葉を返した。



「サキー!?」
店の入り口の方から若い男の声が聞こえた。
またさっきのような輩かと身構えたが、葵さんの表情を見る限り違うようだ。
「あ、同じ班の人です。行かなくちゃ」

―――慌ててその男の方へ行こうとする葵さんの腕を、何故か俺は掴んでいた。

「石神さん?」
入り口の男からの視線を感じながら、俺は自分でも信じられない言葉を発した。


「夜、時間はありますか?」










約束の時間。
俺は葵さんが分かるように、車の外に出て葵さんを待っていた。
しばらくすると、小走りにやってくる葵さんが見えた。
葵さんは制服ではなく以前見た事のある服を着ていて、それは何故か俺を安心させた。

「ごめんなさい、待ちました?」
軽く息を切らす葵さんに、俺は首を振る。
「いいえ、時間通りですよ。それより・・・本当に大丈夫ですか?」
(自分で言い出した事とはいえ、これで葵さんが停学にでもなったら困る)
「友達に頼んできたし、消灯までに戻れば大丈夫ですよ!」
(葵さんの言う‘大丈夫’を信用していいのだろうか・・・)
今になって本当に連れ出していいものかと少し迷ったが、葵さんはいつもと違う場所や状況にはしゃいでいるように見えて、俺は口角が上がるのを抑えられなかった。
(まぁ、なんとかなるだろう)


「それでは、行きましょうか」
俺が助手席のドアを開けると、葵さんは驚いたようだった。
「車・・・どうしたんですか?」
「レンタカーですよ。流石にすぐ近くでお茶、という訳にはいかないでしょう?」
「それもそっか・・・」

「どうぞ」
一人うなずいている葵さんをうながすと、葵さんは顔の筋肉をすべて使って笑ってくれた。



車に乗ると先ほどまでのはしゃぎっぷりが嘘のように葵さんは大人しくなった。
どうしたものかと思ったが引き返す気にはなれず、俺は予定通り車を走らせて目的地から少し離れた所に車を停めた。

「少し歩きましょう」
「どこに行くんですか?」
「近くに行けば分かりますよ」
俺が意地悪く笑うと、葵さんは好奇心を刺激されたらしく目を輝かせた。


「夜の京都って、素敵ですね!」
葵さんは最初こそ少し不安そうにしていたが、次第に夢中になってきょろきょろしながら歩くものだから時々つまづいたり人にぶつかりそうになったりしていた。
そんな葵さんに手を貸したりしながら進んでいくと、目的地が見えてきた。

「あれ、ここって・・・」
「昼間も来ましたか?」
「はい。でもすごい、全然違う・・・」

俺が葵さんを連れてきたのは、清水寺だった。










「迷子にならないで下さいね」
「はーい!」
葵さんはよっぽど楽しいのか、嫌味っぽく言ったのに素直に返事が返ってきてしまった。
へー、わー、えー、など小さく声を上げながら自分のペースで進んでいってしまう。
(・・・放っておかれるというのは、案外つまらないものだな)
でもまあ楽しそうだからいいか、と俺はスキップでも始めそうな背中をゆっくりと追いかけた。


いわゆる‘清水の舞台’と言われる所まで来ると、葵さんは立ち止まった。
俺は、はー、という音に近い声を出している葵さんの隣に立った。
「夜もやってるなんて、知りませんでした」
葵さんは一瞬俺の方を見たが、すぐに前を向いてしまう。
「一年中ではありませんが、夜間参拝をやってる時期があるんですよ」
俺はそう返したが、葵さんから返事はない。景色に夢中のようだ。

「昔‘清水の舞台から飛び降りる’という願掛けが流行って、‘飛び降り禁止令’まで出たそうですよ。葵さんも願い事があるならやってみたらどうです?」
俺がそう言うと、葵さんはようやくこちらを向いた。
「ウソ!?そんな事したら叶う前に死んじゃいますよ!」
「235分の200らしいですから生存率はかなり高いと思いますよ」
「235分の200・・・」
「85%ですね」
「85%・・・」
「やけに真剣ですね。何か願い事でも?」
苦笑しながら言うと、葵さんは冗談の混じらない声で俺に尋ねた。
「石神さんはないんですか?願い事」


「ありませんね」
願い事なんてない。だが何故かすぐに返事が出来なかった。
「大抵の事は判断を誤らなければなんとかなるものです。現実的でない事は初めから望みません」
(そう、だから俺に願い事なんてないんだ)
「でも、絶対無理って分かってても、叶えたかったらどうすればいいんですか?」
そう言った葵さんはなんだか泣きそうで、俺は見ていられなくなって視線を前に向けた。


「そうですね・・・ここから飛び降りるのは現実的でないので、願掛けはこちらでしたらどうですか。効果の程は眉唾ものですが、手作りと言うだけあって作りはしっかりしていますし何か御利益があるかも知れませんよ。それにそもそも対象は何だっていいんです、決意する事が大事なんですから」
(何が言いたいんだ、俺は・・・)
俺は自分が早口になっている事を感じながら、昼間買ったストラップが入った袋を葵さんに差し出した。
「‘願えば叶う’ですか?」
葵さんは目の前の袋をじっと見ている。
「世の中には奇跡と呼ばれるモノや、まだ解明されていない現象もありますからね。‘絶対’はないかも知れませんよ」
(無茶な理論だ・・・)
葵さんが受け取らないので、俺は強引に葵さんの手の上に袋を乗せた。
一刻も早く、葵さんからその悲しそうな表情を消したかった。










葵さんは袋の中をのぞくと驚いた顔をした。
「これ・・・アキさんにあげるお土産じゃないんですか?」
「最初から違うと言っているでしょう。葵さんが喜ぶかと思ったんです」
「石神さん・・・」

葵さんは鞄をまさぐると俺が渡した袋と同じ袋を取り出して俺の手の上に乗せた。
その中には――緑のガラス玉のストラップが入っていた。

(どうしてこれを?)
弾かれるように顔を上げると、葵さんはにっこり笑った。
「石神さんのです。石神さん、自分の分は買わないんじゃないかと思って・・・」
「はぁ・・・」
「アキさんとおそろいって思ったんですけど、私とおそろいになっちゃいましたね」
おどけたように言う葵さんに、俺も少し笑顔を返す。
「お互い、健康で居られるといいですね」
「い、石神さんが緑見てたから緑にしたんですよ!?別にストレス解消とかいう効果を見たからじゃ・・・」
「しっかり見てるじゃないですか」
(俺は、葵さんに似合いそうな色だと思っただけだ)

葵さんは不満そうだったが、ストラップに視線を戻すとすぐに嬉しそうな表情になった。
「石神さんから貰ったなんて、すごくご利益がありそう!ありがとうございます!」
(俺は神や仏になった覚えはないんだが・・・まぁ、いいか)
葵さんの顔にさきほどの切羽詰まったような表情はもう残っていなかったから。
眼鏡教でもなんでもいいと思った。
「私も、ストレスを溜めないよう努力します」




ホテルから少し離れた所で葵さんを降ろし、その背中が小さくなっていくのを見ていると昼間土産屋で葵さんを呼んだ男が現れた。
男と葵さんは何か言葉を交わすと、一緒にホテルへ向かって歩き出した。
――そう、本来居るべき場所へ。
制服に違和感を感じたのは自分との距離を感じたからかも知れない。
(高校生と張り合うような真似をして・・・しかも大人の武器を使うなんて随分子供じみた事をしてしまった)
それでも俺は、振り返ってこちらを睨んでくる男に無関心で居られなかった。









*an extra
石神不在の公安部にて。

後藤「・・・・・・」
黒澤「どうしたんですか後藤さん、暗いですよ〜?」
後藤「俺は石神さんが帰ってくるのが怖いよ」
黒澤「何言ってるんですか大丈夫ですよ!」
後藤「あの時はなんでかイケる気がしたんだ。でもあの石神さんに出張を押し付けるなんて・・・」
黒澤「実際イケたじゃないですか。石神さん、最近雰囲気変わりましたよね〜」
後藤「・・・確かに。文句言いながらも行ってくれたもんな。ちょっと前までそんな事考えられなかった」
黒澤「俺は官邸に秘密があると思うんです!今度探ってきますね!」
 
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