seaweed


―――どうしてこんな事になったのだろうか。
はっきり断った筈の海に、今、俺は向かっている。



(それにしてもこのナビは酷いな。今時情報媒体はCDだわ空は飛ぶわ渋滞情報は拾わないわ妙な音はするわ・・・随分前に降りたのに未だに高速の上を走っているし・・・お?やっとリルートを始めたか・・・・・・一体いつまで考えてるつもりだ?・・・は?ルートの線が消えた・・・コイツ案内をやめたぞ!?)

俺がナビを観察していると、横から伸びてきた手がナビの電源を切った。
「おい、石神。地図見てくれ」
運転しているのは一柳だ。
「・・・ナビがあるだろう」
「こんなのナビなんて言えねーよ。お前だって盛大に突っ込んでただろ、心の中で」
(・・・気づかれていたか)
一柳に従うのが癪で俺は白々しい事を言い続ける。
「アキさんに見てもらったらどうだ」
「アキに読ませたらとんでもない所に連れて行かれるぞ。・・・じゃなかったら誰がお前なんか隣に乗せるか」
あぁ・・・そらの言う安く借りられる車なんて信用するんじゃなかった。でも自分の車汚したくなかったしな・・・
ブツブツ言い続ける一柳を全く気にする事なく、後部座席――アキさんと葵さんは盛り上がっているようだ。
(葵さんに見せても似たような事になりそうだな)

「ね、葵ちゃんどんな水着にしたの?」
「この前雑誌の水着特集があって、その中で一番気に入ったの買い取っちゃったんですけど・・・後で見てみたら、実際コレ着る人いるのかな、みたいな・・・どうしようヤバいかも!!」
(実際着る人が居なさそうなヤバい水着って何だ!?)
「大丈夫だよ!葵ちゃんスタイルいいからどんなデザインでも似合うよ!」
「だといいんですけど・・・。アキさんはどんな水着にしたんですか?」
「水玉だよ〜。ビキニにしようと思ったんだけど、昴さんに反対されちゃって・・・可愛いスカート付きだよ」
(ふ・・・一柳らしいな)

後部座席の会話に小さく笑っていると、一柳の舌打ちまじりの声が聞こえた。
「石神!早くしてくれ」
――俺は仕方なく地図に手を伸ばした。


「2つ先の信号、右だ」
「了解」
(官邸に行った一週間後、広末から本当に誘っているのか疑問に思うような文面で今日についてのメールが届いた)

「晴れたのは嬉しいけど、焼けそうな天気ですね・・・」
「そらさん達の車に、パラソルもつんであるらしいよ?」
(それを無視していたら一柳から命令口調のメールが届いて・・・)

「しばらく直進だな」
「おう」
(それも無視していたら何故か桂木さんに誘われて、丁重に断ると今度はアキさんがメールをしてきた)

「あ、マカロンストラップ!ブルーも可愛いね!でも私けっこう汚れちゃって・・・葵ちゃんのすごく綺麗だね」
「お気に入りなんです!」
(・・・・・・さすがに無視出来ないと思っていたら・・・誰に聞いたのか葵さんまでメールをしてきた)


「おい、石神」
「あぁ・・・ここ左だな」
(・・・一体、何を企んでいるんだか)










「海だーー!!!」

全力で叫ぶ馬鹿。
一切遮るモノなく降りそそぐ太陽。
大量生産された人形のように溢れかえる人、人、人・・・。
(一刻も早く帰りたい)
――そう思っていたのに。

「わーい海だ・・・あ!」
少し遅れて車から出てきた葵さんがすかさず転びそうになる。
「・・・はしゃぎすぎです」
俺は素早く手を伸ばして葵さんを支えた。
「ありがとうございます!」

――何の障害物もない所でつまづく葵さんに。
「お、あの子超可愛くね?」
「マジだ!てかあれどんな団体?」
自制心を失った単細胞の群れ。
(――駄目だ。絶対目を離せない)




「なんだ。競泳用じゃないんだな」
更衣室を出ると一柳とアキさんが居た。
「馬鹿じゃないのか」
もういちいち突っ込むのも面倒くさくなって適当に相槌をうつ。
(――競泳用すら、持っていなかったがな)

「俺たちのパラソルあれだから。もうすぐ葵が出てくる筈だから連れてきてくれないか」
「あぁ・・・」
俺がうなずくのを見届けると一柳はアキさんを隠すように肩を抱いて歩き出した。
(まったく・・・過保護な奴だ)


「あれ、石神さん・・・?」
しばらくして出てきた葵さんを見て俺は固まってしまった。
(確かに似合っている。似合ってはいるが・・・)
“ヤバい水着”は通常よりも面積の狭い水着だったようだ。
(――いくら海とはいえ、肌を露出し過ぎではないだろうか)

「石神さん?」
目の前で葵さんが首をかしげている。
慌てて焦点を合わせると葵さんは困ったように笑っていた。
「・・・似合ってないですか?」
葵さんは俺から発せられるであろう言葉に備えるように、眉間にしわを寄せた。

「・・・心配いらないです。ですが、これを着ていてください」
俺は自分が羽織っていたパーカーを脱いで葵さんに差し出した。
――一瞬きょとんとした後少し目を細めてパーカーを受け取った葵さんが、やけに大人っぽく見えた。










「あれ、アキさんは?」

自分たちのパラソルに着くとアキさんどころか誰も居なかった。
(なんて不用心な奴らだ!)

「一柳と行ったようですね」
俺がそう答えると葵さんは考え込むような仕草をした。
「アキさんに用事だったんですか?」
「それが・・・」
葵さんは随分とためらった後、こう言った。


「石神さん、日焼け止め、ぬってもらえませんか?」



「――は?」
俺は思わず間抜けな声を出してしまった。
「アキさんにぬってもらおうと思ってたんですけど・・・やっぱり嫌ですか?」
「嫌・・・というか・・・」
(俺が塗っていいものなのか?いやしかし・・・気にする方がおかしいんじゃないか?高校生なんて俺から見たら子供じゃないか)

「石神さん、お願いします!」
葵さんの懇願するような目に勝てず、俺はしぶしぶうなずいた。



俺の貸したパーカーをするりと脱ぐ葵さんの横顔はわずかに緊張しているように見えて、俺もつられて日焼け止めを持つ手に力が入ってしまった。
「背中を全体的にお願いします」
「・・・分かりました」

日焼け止めを手に乗せ背中に触れると、葵さんがかすかに身じろぎし、俺は反射的に手を引っ込めそうになる。
(何も考えるな。相手は高校生だ。そうだ、親戚に似たような年の子供が居たじゃないか・・・・・・男だが)


「やはり、焼けたくないものですか?」
俺は沈黙に耐えられなくなって葵さんに話しかけた。
「私はあんまり気にしないんですけど・・・今ドラマを撮っているので、焼けると怒られちゃいます」
「へぇ・・・ドラマですか」
「もちろん脇役ですけどね」
葵さんは何かを思い出したようにクスクス笑い出した。

「私の役、馬鹿なお兄ちゃんを持つ頭が良くて口の悪い妹の役なんですけど・・・」
「頭の良い、ですか」
俺がからかうように言うと葵さんはますます楽しそうに笑う。
「私、最初上手く出来なかったんですけど・・・石神さんを思い浮かべてやってみたら、いいねって褒められたんです!」
「・・・私、ですか?」
「はい!そのコ石神さんみたいなんです。頭の回転が速くて人の事馬鹿にしてばかりいて。だけどほんとは優しくていつもみんなの事心配しているんです」

「・・・“馬鹿”って書いて差し上げましょうか」
なんだか照れくさくなって葵さんの背中に文字を書くように指を動かすと、葵さんは慌てて振り返った。
「ダ、ダメです!!」
「嘘ですよ。ほら、あともう少しですから大人しくしていてください」
葵さんは何故か嬉しそうに笑うと、言われた通り俺に背を向けた。
(こんな風にころころと表情を変えたり、素直な所が葵さんの魅力なんだろうな。あの家の坊主も葵さんを見習うべきだ)


「終了です」
「ありがとうございました!」
俺が日焼け止めに蓋をしていると遠くから葵さんを呼ぶ広末の声が聞こえてきた。
葵さんは声のする方と俺を交互に見ている。
「行ってきたらどうです?」
「・・・石神さんは行かないんですか?」
俺を気遣っているのか葵さんは不安そうな顔をしている。
「私は結構です。荷物番も必要ですし」
(出来る事なら一生行きたくない)

「ほら、広末達が呼んでますよ?」
もう一度促すと葵さんは大きくうなずき笑顔になった。
「それじゃ、行ってきます!石神さんも後で来てくださいね!」
「・・・気が向いたら行きます」



はねるように広末達の所へ向かう葵さんの背中を見ていると、大量の飲み物を持った桂木さんがやってきた。
「桂木さん、パラソルに誰も置かないなんて不用心ですよ」
俺が嫌味ったらしく言ったところで、桂木さんは動じない。
「すまんすまん。石神たちがこっちに向かっているのが見えたから、大丈夫だと思ったんだ。それより、石神も行ってきていいぞ?」
「私は結構です。桂木さんこそ、あの小学生のような連中をなんとかしてきた方がいいんじゃないですか」
「・・・すまないな、無理矢理連れてきてしまって」
「いいえ。たまには、こういうのも悪くないです」


――太陽、人混み、そして海。
ここには俺の苦手なモノばかりあるのに、居心地は悪くなかった。
(あいつらは俺に萎縮もしないしゴマもすらない。腹は立つが、気が楽なのも確かだ)
まるで遠足を引率する教師のように、SP達を叱りに行く桂木さんの背中を見ながら、そう思った。










屋台のもので昼食を済まし、皆が二度目、三度目の海に向かう頃になっても、俺はパラソルを離れなかった。

「石神さん、行きましょうよ〜」
「結構ですと何度も言っているでしょう!」
俺と葵さんがもう何度目になるか分からない押し問答を繰り返していると、広末が声をかけてきた。
「葵ちゃん、そんな奴置いてこうよ〜」
「そらさん!先に行っててください。絶対、連れて行きますから!!」
葵さんは自信満々にそう言って広末達を見送った後、勢い良く振り返った。
「さぁ、行きましょう!」
「・・・お断りします」
「石神さん〜〜」
我慢の限界に達したのか葵さんは子供のように地団駄を踏み、俺の腕をつかむと思いっきり引っぱった。
(葵さんの力で引かれた所でどうって事はないが・・・これではどちらが子供か分からないな)


「石神、観念したらどうだ」
見かねたのか桂木さんが苦笑しながら口を出してきた。
「・・・はぁ」
重心を変えて立ち上がると急に重みを失った葵さんが転びそうになったので、今度は俺が葵さんの腕を掴んだ。
「波打ち際までですよ」
そう言ったのに、葵さんは嬉しそうに、大きくうなずいた。
「はい!!」



葵さんは少し前をスキップでもしそうな勢いで歩いている。
「なんでそんなに嫌なんですかー?」
「暑いからです」
「水は結構冷たいですよ?」
「焼けるからです」
「日焼け止めお貸しします!」
「砂がつくからです」
「シャワー浴びればいいじゃないですか」
「人ごみは嫌いです」
「じゃあ、もう少し向こうまで行きましょう!」

自分でもつまらない返答だと思うのに、葵さんは楽しそうだ。
笑いながら、俺の方を振り返る。
――そしてとうとう、葵さんは俺が恐れていた事を口にした。


「あ、もしかして泳げないんですか〜?」

――微塵もそう思っていないであろう口調で。










理由をつけて納得させるのは簡単だ。
(――しかし、それを他の連中に言われたら面倒な事になる)

俺が無言でいると葵さんは慌てだした。
「え?・・・えぇ???」
なおも無言でいると、葵さんはうそ、とつぶやいて絶句してしまった。
これでもかと言うほど目を丸くしている。
(そんなに驚かなくてもいいじゃないか)



しばらく固まっていた葵さんだったが、次第にその表情が嬉しそうなものになる。
「・・・人の不幸は密の味、ですか」
「そんなこと!・・・ただ、石神さんにも苦手な事があるんだなぁって」
「私をなんだと思っていたんですか」
「えっと・・・なんだっけ、ターミネーター?」
(苦手な事くらい沢山ある。太陽、人混み、海、そして・・・若い女性)
嬉しそうににこにこしている葵さんを見て、俺は深くため息をついた。


「そういう訳なので、パラソルに戻っていいですか」
「じゃあ、お城造りましょう!」
「・・・人の話を聞いていますか」
「いいじゃないですかー。せっかく海に来たんですよ?海じゃなきゃできない事をしないともったいないです」
(俺は最初から一言も、海に行きたいだなんて言っていないんだが)
しかし葵さんは何を言っても聞かなそうだ。
俺は諦めて、羽織っていたパーカーを脱いだ。

「着ていて下さい。焼けたくないんでしょう?」



「やるからには、手は抜きませんよ」
「はい!」
俺のパーカーを着た葵さんは元気よく返事をした。
そしてどこかに走って行ったと思ったらパラソルに戻ったのかさっきまで食べていたかき氷の容器を持ってきた。
「どんなお城にしましょう?」
そう言いながら、葵さんはもう砂を集め始めている。
「そうですね・・・定番ですが、清水寺などいいですね。国宝なだけあって美しい」
「お、お寺ですか・・・」
「何か不満でも?」
「い・いえ、ないです・・・」
あからさまに困っている葵さんがおかしくて、俺は気づかれないように笑った。


黙々と作業をしていると、大まかな形が出来上がってきた。
「もう少し水で固めた方がいいですね」
「じゃあ、くんできます!」
葵さんは返事をするとすぐ走っていってしまった。
(――やれやれ)
海に入っていく葵さんを見ていると、大きな波が迫ってくるのが見えた。
思わず立ち上がった瞬間、葵さんの姿が見えなくなった。


――そこがたいして深くない事も、大きな波と言っても危険な程じゃない事も分かっていた。
けれど、気づいたら俺はザバザバと水に入り、葵さんの腕をつかんでいた。

「――大丈夫ですか?」
腕を引いて立ち上がらせると、葵さんは小さく咳き込んだ。
落ち着かせる為に背中を軽く叩くと、支えを求めるように葵さんが俺の腕を握った。
――海水の冷たさと葵さんの温かい手の温度差が、触れられている事を実際以上に生々しく感じさせて、どきりとした。

「ごめんなさい、石神さんまでぬれちゃって・・・」
葵さんの声に我に返り、俺は葵さんを砂浜へと促した。
「別に、水が怖いわけではありません」
「パーカーもびしょびしょ・・・」
「洗えば済む事です」
「すみませ・・・あーーー!!」

葵さんの声に少し顔を上げると、建造中の清水寺は跡形もなくなっていた。
「そんなぁ・・・」
がっくりと肩を落とす葵さんを見て小さく笑う。
ちりちりとする背中が今夜寝苦しい事を予感させたが、俺はそれすらも悪くないような気がしていた。









*an extra
数日後のSPルームにて。

そら「アキちゃん、写真できたよー!」
アキ「わぁ!ありがとうございます。何から何まですみません」
昴「なんだ、随分撮ったんだな」
瑞貴「楽しかったですよね。そらさん埋めるの」
そら「ちょ、瑞貴、次はないからな!」
海司「・・・昴さん、さりげなくアキの写真抜き取るのやめて下さい」
そら「あ、葵ちゃんと石神の2ショットなんて撮ったの誰だよ!葵ちゃん嫌そうな顔してるじゃんか」
海司「瑞貴ですよ。これは嫌そうって言うより・・・困ってるんじゃないすか?」
瑞貴「違いますよ。葵は緊張してる時、よくこういう顔するんです」
そら「緊張?やっぱり嫌なんじゃん」
海司「葵も石神さん怖いんすかね?」
昴「・・・お前等もまだまだだな」
 
back

home

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -