a papyrus


梅雨が明けてから一気に気温が上がった。
連日の真夏日に熱帯夜。
今日はとうとう猛暑日になりそうだった。
(活動しづらい季節になったな・・・。夏は士気が落ちて困る)
―――そう思いながらSPルームの扉を開けると、だらしなく机に突っ伏した広末が目に入った。



(まったくどいつもこいつも・・・)
「広末、だらしないぞ」
「げ〜スパイ石神・・・」
広末はそう言いながらも起き上がらない。
「それが勤務中にとる態度か」
「今は休憩中です〜!」
「口の減らない奴だな。桂木さんの前でも同じ態度がとれるのか?」
「そうやってすぐ班長出すのやめてよ!パワハラはんたーい!!」


「ぱわはらってなんですか??」
飲み物を乗せたトレイを持った葵さんに後ろから話しかけられ、俺はぎょっとした。
「食べ物だよ。かき氷とゼリーが混ざった」
そのさらに後ろから平然と嘘をつきながら藤咲が現れる。
「ちげーよ。・・・あれだ、営業マンが仕事をサボって打ちに行く・・・」
そこでよくやく体を起こしながら広末が言った。
「それを言うなら野球好きにはたまらない定番ゲームのあれでしょ!・・・てゆーか瑞貴全然違うし、海司もうまいこと言えないならノらなくていいから!!」
「そら、お前もうまいこと言えてないから。いいか葵?パワハラっていうのはな、コイツみたいに権力を振りかざして他人をしいたげたりする奴の行為を言うんだ。よく覚えておくんだな」
さらに口の減らない奴が現れたが、俺は言われた言葉より葵さんの肩に置かれた一柳の手が気に食わなかった。










今日から夏休みだという葵さんの格好は開放的だった。
恐ろしく丈の短いショートパンツにカットの深いタンクトップ。
直線的な手足のせいか、さらに短くなった髪の毛のせいか、色気や嫌味は感じられない。
(――とはいえ、肌を露出し過ぎではないだろうか)

「いいなぁ夏休み!何か予定あるの?」
「いえ、特には・・・仕事もありますし」
「長期休みは稼ぎ時だからね。最近仕事はどう?」
(――本来夏休みは暑熱の回避が目的であって・・・いや、普段学校では体験出来ない事を経験するという意味では仕事も正しいのか・・・)

「え!?あのお茶のCMやってるの!?俺いつも飲んでるよ〜」
「そらさん見てないんですか?あんなにしょっちゅう流れてるのに・・・」
「あれはなかなかいい出来だった」
「ありがとうございます!」
「でもあの相手役の男、いい噂聞かないけど大丈夫?」
(しかし夏になると気の大きくなった馬鹿が増えてまたあんな事にならないだろうか。マネージャーはついているのか?居るならそういう所まで気をつけるべきだと言ってやりたい・・・)

「そっか両親と離れて暮らしてるんだもんね。じゃあ海行こうよ海!!」
「いいですね。僕ちょうどクラゲになりたいと思っていた所だったんです」
「ちょ、瑞貴!なんでお前も行く事になってるんだよ!」
「え?みんなで行ったら楽しそうなのに」
「そうですよそらさん、何二人で行こうとしてるんすか」
(親と旅行も行かずに仕事・・・高校生の夏休みとしてそれは正しいんだろうか?いや、最近の高校生はみなアルバイトくらいしているか。しかし宿題や夏期講習・・・)




「おい、石神。お前何しにきたんだ。葵の足をながめに来たのか?」
――一柳の声にはっとする。
「そんな訳ないだろう!桂木さんはどこにいる?」
即座に否定したが、心なしか早口になってしまった。
「部長につかまってる。しばらくかかるかもな」
一柳はにやにやしながら言う。
俺は何か言い返そうと口を開いたが、他の声がそれを邪魔した。

「石神さんも行きませんか?海!」
『――は?』
何故か広末とかぶってしまった。
「葵ちゃん!なんで石神なんか誘うの!?こんな奴と行ったってぜーったい楽しくないに決まってる!」
「同感だな。石神ほど海が似合わない男も珍しいだろ」
一柳が言い、みなが頷いた。
しかし中心で葵さんだけが首をかしげている。
「そうかなぁ?石神さんが居たら、安全に楽しめそうだけど」
「引率の先生かよ!」
「あ、監視員とかも似合いそうですね」
素早く返す広末に、しみじみと言う藤咲。
(俺は一体、何者なんだ)
深いため息が出た。


「暑いのは苦手なので私は遠慮させてもらいます」
俺がそう言うと葵さんは驚いたような声を上げた。
「この暑さで、そのスーツで、汗もかいてないのに!?」
「気を抜かなければ汗くらいコントロール出来ます」
「うわ、でたサイボーグ!」
「汗をコントロール出来るとか、信じらんねぇ・・・」
私の答えに葵さんはぽかんとし、広末は叫び、秋月は目を丸くした。




―――その時、素早くドアが開いて、桂木さんが現れた。
途端に空気が引き締まる。
「全員居るな?急遽総理と森山さんが外出する事になった。準備をしてくれ」

その後ろから、申し訳なさそうにアキさんが顔を出した。
「葵ちゃん、せっかく来てくれたのにごめんね?」
「いえ!気にしないでください。アキさんも行きましょうね?海!」
「海?」
「みんなで行きたいねって話してたんです!」
「いいね、楽しそう!」
にこにこと話をするアキさんと葵さんをぼんやりながめていると、桂木さんに声をかけられた。
「石神も、すまないな。そういう事だから」
「いえ、出直しますのでお気になさらず」
SP達は素早く身支度を整えると、あっと言う間に出て行った。










「なんか・・・すごいですね」
葵さんがぽつりと言った。
「これが彼らの仕事ですから」
彼らが飲みきらなかったグラスを見る目が寂しそうに見えて、俺は少し慌てた。

「ところで・・・パワーハラスメントも分からなくて成績は大丈夫だったんですか?」
わざと意地悪く言うと、葵さんはやっと俺の方を向いた。
「パワーハラスメントなんて高校のテストに出るわけないじゃないですか!」
葵さんは怒ったように言ったが、俺は視線がグラスから外れてほっとしていた。


「それで?成績はどうだったんですか?」
重ねて問いかけると、葵さんは視線をさまよわせた。
「う〜ん・・・可もなく・・可もなく?」
「・・・不可しか残らないじゃないですか」
「赤点はないですよ!?でも・・・ギリギリかも」
「両立してこその仕事じゃないんですか」
「・・・石神さんは厳しいんですね」
(――しまった。追い打ちをかけてしまったか)
うつむいてしまった葵さんにどうフォローを入れるべきかと考えていると、葵さんが素晴らしい笑顔で顔を上げた。

「石神さん!私の家庭教師になってください!」
「お断りします」
(突然何を言い出すんだ、この人は)
反射的に断ると、葵さんは肩を落とした。
「石神さん、教えるのうまそうなのに・・・」
「私は厳しいだけですよ」
葵さんの言葉を引用すると、葵さんは口をとがらせた。
なおも勧誘を続けそうだったので、俺は話題を変える事にした。

「ところで、貴女は何故官邸に入りびたっているんですか」
「――え?入りびたってなんか!」
葵さんが動揺したように見えたので、俺は言葉を重ねた。
「好きな男でも居るんですか?」
「――!!」



言葉を詰まらせかすかに頬を染める葵さんを見て、俺は心底驚いた。
(単なる思いつきだったのだが・・・相手は広末か?藤咲か?)
相手を推測しているとそれを遮るように葵さんは言った。

「石神さんこそ!最近やたら官邸に出入りしてるってそらさんが言ってましたよ!?」
(――否定しないんだな。やはり広末か?)
「仕事ですから」
俺が端的に答えると葵さんは悔しそうな顔をした。
「私はアキさんに会いに来てるんです!」
「ほう・・・そうですか」
(ムキになって、ますます怪しいな)

分が悪いと思ったのか、葵さんは悔しそうな顔のまま口をつぐんだが、次の瞬間にはいつもの明るい表情に戻った。
「そういえば石神さん。そらさんとかには普通に話すのに、どうして私に敬語なんですか?」
「広末は階級的に部下に当たりますから」
「私は部下じゃないけど年下ですよ?」
「貴女はアキさんのご友人ですから」
「アキさん・・・?」
葵さんは一瞬ぽかんとした後ハッと何かに思い当たったような顔をし、何故か悲しそうな顔をしたのちニヤリとした。
――俺はその表情をじっと見ていたが、何だか嫌な予感がした。


「分かった!アキさんでしょう!?」
「――は?」
「石神さんの好きな人!」
「どうしてそうなるんです。アキさんは総理のご令嬢ですから当然敬語で接します。SP達が間違っているんです。だいたい・・・」
「一柳さんの婚約者ですもんね!それでも、止められないんですよね!」
俺が早口で弁明していると、葵さんはそれを遮った。
「違うと言っているでしょう!」
「いいんです、何も言わないでください!辛いけど、想うだけなら自由です。私、応援しますから!!」
(――まったく、本当に、ロクな事を言い出さないなこの人は)
小杉よねが乗り移ったかのように熱弁をふるう葵さんに、俺は深々とため息をついた。




―――アキさんに惹かれた事があるのは事実だ。
だが、俺は彼らのように全てを捨ててでも彼女を手に入れたいとは思えなかった。
俺は常に冷静に事の成り行きを見ていたし、その流れを変えようとは思わなかった。
つまり、そういう事だ。
俺は恋愛には向かないのかも知れない。









*an extra
警護後のSPルームにて。

そら「最近スパイ石神遭遇率が高い気がするんだけどー!」
桂木「確かに・・・以前は部下に持たせていたような書類も自分で持って来るようになった気がするな・・・」
昴「・・・なるほどな。おいそら、やっぱり石神も海に誘え」
そら「えぇ!?さっきは昴さんも反対してたじゃないですか!」
昴「気が変わった」
アキ「石神さんが来てくれたら、葵ちゃんも喜ぶと思いますよ?」
そら「なんで葵ちゃんが喜ぶの!」
アキ「送ってくれる事もあるみたいだし、仲良さそうですよ。親子みたいで微笑ましいですよね」
そら「はぁ!?アイツ雨の日でも車で目の前素通りするクセにー!!」
昴(親子だってよ、石神。お気の毒に)
 
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