a hydrangea


―――思わず、コーヒーを飲む手が止まった。



俺は後藤と打ち合わせをするため部屋の隅にある簡易的な応接室に向かっていた。
コーヒーに口をつけながらパーテーションを越えると誰かが消し忘れたらしいテレビに目に入った。
――そこに少女と馬鹿が写っていた。

共演というのはCMだったらしい。
画面の中で少女は、現実の幼さを消してとても綺麗に笑っていた。
テレビというのは凄いと思う。
何故ならあの馬鹿も現実の軽薄さを感じさせない好青年に写っているのだから。
CMの中の少女らは恋人同士らしく、無邪気に言い合うその姿に思わず眉間に力が入った。
無意識にポケットに手を入れてはっとする。
(――ない。)
助手席に残されていたオレンジのマカロン。
俺はどうする事も出来ずずっとポケットに入れていた。
もう一度ポケットを探るがやはりない。
返すあてもないのに、少女がそれを必要としているかも分からないのに、俺は酷くうろたえた。

「石神さん?どうしたんですか」
後から来た後藤は突っ立ったままの俺を不審に思ったらしく、俺以上に眉間にしわを寄せていた。
「・・・いや、何でもない。始めるか」
俺は冷静を装ってソファーに腰を下ろし、テレビを消して資料を広げたが、頭の中では先ほどの映像が繰り返されなかなか消えなかった。










数日後、総理に報告事項があり俺は官邸に来ていた。報告を終え廊下を歩いていると電話をしているアキさんが居た。

「・・・だって、今日は待機だって言ってたから・・・」
(・・・相手は一柳か)
軽く会釈をして通り過ぎようとした時、ピンクのマカロンが目に入った。
思わず足を止めそれを凝視していると、電話を終えたらしいアキさんがこちらに向き直っていた。
「石神さん?・・・あ、すみませんうるさかったですか?」
「いえ・・・あの、そのマカロンは・・・」

気づけば俺はアキさんにそうたずねていた。
(――マズイ、俺がマカロンのストラップに興味を示すのはおかしくないか?)
「あぁ、コレ!本物みたいで美味しそうですよね。石神さんマカロンもお好きなんですか?」
しかし俺がプリンが好きな事を知っているアキさんは変な顔をする事もなくそう言った。
(鈍いというか寛大というか・・・相手がアキさんで助かった。今流行っているモノなのだろうか。一体どういう経緯で広まったのか見当もつかないな・・・)
――一瞬、女性だらけの店でそのストラップを買う自分が思い浮かび、鳥肌が立った。

「・・・それは、どこで売っているんですか?」
しかし今を逃せばそれを知る機会はなくなると思い、意を決して口を開く。
「これですか?今ペットボトルの紅茶にオマケでついてるんです。なんとなく集めたくなっちゃって、つい買っちゃうんですよね〜」
―――アキさんの答えは、俺の予想外のモノだった。



(オマケ・・・オマケだと?本当に日本人はこの手の差別化戦略に弱いんだな。女性誌など付録のつかないモノの方が少ないじゃないか・・・そんなに何種類も袋を手に入れてどうするんだ?確かに俺も小さい頃は玩具のお菓子…というかお菓子付きの玩具を買ってもらうのが嬉しかったが・・・しかし今思うとあれは食品の流通経路で玩具を売ろうとしといたとしか思えないな・・・)
―――3軒目のコンビニで、普段見向きもしない(むしろ邪魔だと思っている)“オマケ”を中腰であさっているという羞恥に耐える為に頭を別の事で満たそうとしている俺は、馬鹿だろうか。
(これなら女性だらけの店で買う方がまだマシだ!)


(――やはりオレンジはもうないな。大体手に入れてどうするつもりなんだ。次いつ会うかも・・・会う事があるかどうかも分からないというのに)
その時ふと視界の端に映ったブルー。
ミントのアイスをを想像させる鮮やかな色に少女の笑顔が思い浮かんで、俺は無心で一番奥にあるペットボトルを掘り出した。










梅雨入りし不安定な天気が続いていた。
今日も朝は天気が良かったものの、昼過ぎには空は雨雲におおわれていた。
官邸での用事を終え、時間を確認して窓の外を見ると、雨が降っていた。
(あぁ・・・やはりもたなかったか。降り出す前に戻りたかったが・・・)
本庁に戻ってからやる仕事を思い浮かべ、軽くため息をついていると玄関の人影が目に入った。

「あ・・・」
驚いて足を止めると、その気配に気がついたのか――少女が振り返った。
「石神さん!」
少女は嬉しそうにそう言ったが何かを思い出したような様子を見せた後顔をしかめ、結局困ったように笑いながら首をかしげた。
(・・・相変わらず表情豊かな人だな)

「何をしているんですか」
止まっていた足を動かしながら尋ねると、少女は空を見上げた。
「雨、降ってきちゃって・・・今、真壁さんが傘を取りに行ってくれているんです」
「天気予報を見なかったんですか」
「だって、朝あんなにいい天気だったから・・・」
「今は梅雨です。たとえ確率が低くても傘を持って出るくらいの方がいいと思いますが」
「それは・・・そうですけど・・・」
少女は空から目を離し不服そうな顔でこちらを見た。
俺はそれに満足し、少女の上に傘を広げた。
「風邪を引くでしょう」
「・・・え?」
「体調管理も、仕事のうちですよ」
俺はぽかんとしている少女の肩を軽く押し、歩くよう促した。
「・・・え?えぇ??」
「車なんです。今日は時間に余裕があるので送ります」
「え、でも、あの、今真壁さんが・・・」
じっと少女を見ていると次第に少女の声は小さくなっていった。
「傘を・・・取りに・・・」
「行きますよ」
少女を呼ぶように軽く傘を傾けると、少女は何かを振り切るようにぴょん、と両足で段差を飛び降りた。
傘の中に入った少女は勢い良く顔を上げ、にこっと笑った。
―――視界の端に映った紫陽花が、雨に濡れて生き生きとしていた。










車内は無言だった。
(・・・やはり恐がられているのか)
自分の行動を少し後悔したが、落ちつかなさげに濡れた手を拭いたり、バックを開け閉めしている少女に笑ってしまいそうになった。

「あの・・・」
先に口を開いたのは少女だった。
「なんです?」
「私の家・・・覚えてるんですか?」
「あぁ・・・これはどっちでしたっけ?」
ちょうど交差点に差しかかったので少女に尋ねた。
「え、ここからだと・・・あ、右?」
――俺は左にハンドルを切った。

「ハズレです。どこに帰るつもりだったんですか」
俺はもうこらえきれなくなって軽くふきだしながらそう言うと、少女が抗議の声をあげた。
「覚えてたんですね!?」
「一度行った場所は忘れません」
「だいたいこの前と道違うし、私に分かるわけないじゃないですか!」
「しかし間逆を選択するのはどうかと思いますよ」
「方向音痴なんです!!」
少女は自分の欠点を堂々と宣言すると、顔を窓の外に向けてしまった。


しばらくすると信号につかまった。
少女を見ると、まだ横を向いたままだった。
俺はそれにまた軽く笑いながら、ポケットの中のモノを少女の手の上に乗せた。

「あ・・・マカロン!!」
「すみません、オレンジが見つからなくて」
「探してたんです!私、石神さんの車に落としてたんですか?」
「えぇ、お返ししようと思っていたのですが・・・なくしてしまいまして・・」
「わざわざ買ってくれたんですか?」
わざわざという言葉に苦行を思い出し羞恥心がわいてきたが、俺は開き直ることにした。
「そちらの色の方が、葵さんに似合っていますよ」
そう言うと、ついさっきまで機嫌を損ねていたとは思えないほど嬉しそうに、葵さんは笑った。


「ありがとうございます!!」
―――あぁ、その笑顔が見たかった。
日付が変わる前には終わらないであろう書類の山が脳裏をよぎったが、今日は苦もなくこなせる気がした。









*an extra
ある日のコンビニにて。

そら「げ、スパイ石神!」
海司「あ、ほんとだ。・・・石神さんとコンビニって合わないっすね」
そら「なんでだよ。石神だって水くらい飲むだろ。・・・っていうか何してんだアイツ」
海司「ペットボトルの棚を・・・漁ってますね・・・」
そら「は?ほんと何やってんのアイツ。もしかして・・・オマケ選んでんの?」
海司「えぇ?石神さんが!?」
そら「だってそれ以外考えられねぇよ・・・マジありえないんだけど!!」
海司「石神さんにそんな趣味があったなんて・・・なんか怖いんですけど・・・」
 
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