pine trees


珍しく静かな正月を迎えた。
急を要する仕事もないし、上司は旅行に行っているので挨拶に行く必要もない。
緊急時はその上司の代わりに指揮をとらなければならないから遠出は出来ないが、それは別に問題なかった。


葵が家庭教師の日にと提案してきたのは2日だった。
誰が好きこのんで正月に勉強するんだとは思ったが、特に俺に断る理由はなかったので了承した。



チャイムを鳴らすといつものように葵が扉を開けてくれた。
「石神さん!明けましておめでとうございます!!」
「おめでとうございます。昨年は大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします」
必要以上にかしこまって言うと、葵は顔をひきつらせた。
「・・・石神さん、怖いです」
「そうか?心からの言葉だったんだが・・・残念だ」
「石神さん、ものすごく棒読みでしたよ」
俺が小さく笑うと、葵も破顔した。
「入って下さい」
「お邪魔します」

靴を脱ぎながらふと前回の出来事を思い出した。
「お母様はもう帰られたのか?」
「あ、はい。年末のうちに・・・会いたかったんですか?」
「え?」
葵はぼそっとそう言うと返事を聞かずに中に入っていってしまった。
(母親が帰ってしまって寂しいのだろうか・・・)



「冬休みの宿題で分からない所があったのか?」
葵の部屋に入り、荷物を置きながらたずねると葵は得意気な顔をした。
「冬休みの宿題は、もう終わりました!!」
「・・・そうか。それは偉いな」
俺がそう言うと葵は少し照れくさそうに笑った。
「では、今日は何を?」
「えっと・・・新学期に向けて予習、とか?」
葵はそう言いながら椅子に座り教科書に手を伸ばす。
(最近本当に真面目に勉強しているな)
俺は少し考えてから、口を開いた。

「初詣に行こうか」
「え・・・!?」
葵は驚いたように顔をこちらに向けた。
「昨日行ったか?」
「いえ・・・いいんですか?」
「冬休みの宿題も終わっている事だし、何も正月から勉強しなくてもいいだろう。どうしても勉強したいと言うなら止めないが」
「したくないです!・・・あれ?間違えた。初詣、行きたいです!!」
「では、支度してください。邪魔なら外で待っているから」
そう言いながら立ち上がり扉に手をかけると、ノブを回す前に扉が勢いよく開いた。

「ぐふふ、聞こえましてよ!」
そこには、小杉よねが仁王立ちしていた。










最初から外で待つと言っているのに勢いよく部屋から追い出されしばらく呆然とその場に立っていたが、中からもの凄い音と葵の悲鳴が聞こてきたので俺はリビングに移動した。
(一体何をするつもりなんだ・・・)
椅子に座り頬杖をつく。
何もする事はなかったが、不思議と退屈は感じなかった。



「さぁ、焼くなり煮るなり好きにしてちょうだい!」
満足気な小杉よねにぐいぐい押されながら現れた葵はえらく薄着だった。
素足にデニムのショートパンツ。その上にパンツが隠れるか隠れないかといった丈の半袖のワンピース。(チュニックと言うらしい)
「シュワルツ?私の作品はお気に召して!?」
「・・・その格好で外に出るつもりですか。今は真冬ですよ」
少し視線をそらしながら意識して平坦なトーンで言うと、視界の端の方で葵が少し顔を赤くしたのが見えた。
「ほらよねちゃん言ったじゃん!石神さんには効かないって」
「そんな筈がないわ!私が計算した完璧な40%なのに!シュワルツ良く見て!魅惑的でしょう?」
「・・・もっと厚着してください。風邪をひきたいんですか?」
「は、はい!今すぐ!!」
俺がさらに声を低くして言うと、葵は怯えたように自分の部屋に戻っていった。

「・・・何を考えているんですか」
「男性は露出度40%の女性に魅力を感じるという学説の証明をしようと思って。でもシュワルツには刺激が強すぎたみたいね。シュワルツは着物からわずかに覗く白いうなじの方がお好みかしら?そうね。やはり日本人たるもの、お正月は着物よね!」
立ち上がって葵を追いかけようとする小杉よねの腕を俺は慌ててつかんだ。
「・・・勘弁してくれ」




(魅力的か魅力的じゃないかといったら、魅力的に決まっている。“今をときめくカリスマモデル”だぞ?どんな格好をしていたって・・・。その上男を魅了するという露出度40%で外を歩く?冗談じゃない。許容出来るわけがないだろう。――俺は、葵が吐く白い息すら、美しいと思うほど馬鹿になっているというのに)

ようやく家を出た俺たちは、小杉よねに教えてもらった歩いて行ける距離にある神社に向かっていた。
「石神さん、手袋しないんですか?」
小杉よねが選んだ服の下にタイツとタートルネックを着て、ロングブーツに厚手のコート、マフラーをぐるぐる巻いて最後に俺が被せたニット帽という姿の葵がしている手袋は、両手がカラフルな毛糸で繋がっていた。
(子供か!!)
「・・・片方なくしたりしなくて便利そうだな」
「はい!これほんとに便利なんですよー。たまに片方引きずってたりするんですけど・・・」
葵はその便利な紐がカバンに引っかかってしまったらしくもぞもぞしている。
真っ直ぐ電柱に向かっていく葵の肩を軽くつかみ進行方向を修正する。
「咄嗟の行動が遅れるからな。基本的に手袋はしないんだ」
俺はついでにカバンに引っかかっていた紐をはずしてから、葵の横に戻った。
(歩くことすらままならないで、普段どうやって生活しているんだ?)










「・・・・・・」
「・・・・・・」

さっきまで一人でにぎやかに喋り続けていたのに、おみくじを開いた途端葵は黙ってしまった。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

(凶でも出したのか?葵は真に受けそうだからな。落ち込まないといいが)

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・石神さん」
「・・・なんだ?」
「末吉っていいんですか?」
「・・・・・・」
(意味が分かっていなかったのか!)

「下から数えた方が早いな」
「えぇ〜そんなぁ」
案の定葵はがっくりと肩を落としてしまった。
(教えない方がよかったか?)
「気にする事はない。重要なのは書いてある内容だと言うし」
「ないよう・・・」
「“学業に専念せよ”とでも書いてあったか?」
「!!」
冗談で言ったのに当ててしまったらしく、葵は口を尖らせた。
(しまった、墓穴を掘った・・・)
俺はころころと表情を変える葵と、それにいちいち影響される自分がなんだか可笑しくなって自虐的に笑った。
しかし葵はそうは思わなかったらしく、悔しそうな顔をしている。
「石神さんのはどうだったんですか?」
「あ、あぁ・・・」
(葵に気を取られて自分のを見るのを忘れていた)
「吉だ」
「それって・・・」
「上から数えた方が早いな」
「も〜!いじわるはやめましょうとか書いてあるんじゃないですか!?」
「そんな訳ないだろう」
「分かってますよ!」

どうやら本格的に機嫌を損ねてしまったらしい葵は一人でおみくじを結びに行ってしまった。
しかし結びやすい位置はもう埋まっていて、葵は背伸びをして結ぼうとしている。
「あっ・・・」
その手から落ちそうになったおみくじを上から押さえて結んでやる。
俺は隣に自分のを結びながら、その内容が頭から離れなかった。

『迷うな。行動すべし』

(俺に喧嘩を売っているのだろうか、ここの神は。迷うまでもなく・・・俺は行動しない。出来る訳がないんだ――)


「サキ!」

突然声をかけられ俺と葵は同時にそちらを向いた。
そこに居たのは男女数人の高校生らしいグループで、その中には京都と文化祭で会った男子高生も居た。
「サキってば、用事ってこういう事だったの〜?うちらの誘い断ってデートなんて、聞いてないよ〜?」
女子高生が葵に近づきながらにやりと笑う。
「だって、今日突然言うから・・・」
「デートの約束の方が先だったって?ま、いいけどさ。詳しく聞かせてもらうから!この先にね、昔風のお茶屋さんがあるんだって!行ってみよ?」
「え、でも・・・」
葵は困った様子で俺を見た。
(葵は俺と先に約束したから誘いを断ったのだろう。本当はこちらに来たかったのかも知れない)

「行っておいで」
俺がそう言うと、葵は何故か泣きそうな顔になってしまった。
(何か間違えただろうか?)
俺は慌てて言葉を継いだ。
「一時間程したら、またここで待っているから」
なだめるように頭を撫でると、葵は安心したように笑った。
「え、お兄さんも一緒に・・・!」
「こんな年寄りと一緒では楽しめないでしょう。羽目を外し過ぎないようにして下さいね」
俺がそう言うと、何故かその女子高生は顔を赤くした。
それを見た葵は何も言わずに俺に背を向けて歩き出してしまった。
ずっと俺をにらみつけていた男子高生が葵を追う。
残りの高校生は軽く俺に会釈してその後に続いた。

(何だかよく分からないが・・・保護者にでもなった気分だ・・・)
にぎやかに歩いていく高校生を見て、俺は自分がひどく年を取った気がした。
――しかし、葵のポケットからのぞく緑のストラップが、離れていく距離を埋めてくれているような気がした。









「・・・これは、どういう事ですか」

一時間後。
俺は約束通り別れた場所で待っていたが葵は来なかった。
友人との時間を楽しんで居るのかとも思ったが葵は比較的時間を守る印象があったし、時間を忘れるより迷子になる可能性の方が高い気がしたので俺は葵を探しに行く事にした。
葵たちが向かった方へ進んでいくと、確かに江戸時代風の茶屋があった。
―――そこの長椅子の上で、葵は体を丸めて眠っていた。


「甘酒を頼んだんです。そしたら男子が調子に乗ってお酒も頼んじゃって・・・サキそれを間違えて飲んじゃって・・・」
確かに葵の頬は上気しているように見える。
(だから羽目を外すなと言ったんだ。酒を頼むなど言語道断だがこんな見るからに高校生の集団に酒を出すなどこの店もどうかしている。さて、どうするかな・・・)
腕を組んで自分たちを見下ろしている俺が怖いのか、高校生は黙り込んでいた。
いつも俺を目の敵にしている男子高生も今は悔しそうに唇を噛んでいるだけだ。
俺は彼らに説教すべく、口を開いた―――。


「きゅう」

その時、足元で葵が鳴いた。
「・・・・・・はぁ」
(動物か!!)
一気に毒気を抜かれた俺は、彼らは放って帰る事にした。
(いつかの酔っ払いの馬鹿と違って根は真面目そうだし、反省しているだろう)

俺はしゃがんで葵を軽く揺する。
「葵さん、帰りますよ」
「・・・ん〜・・・きゅう・・・」
(一体どんな酔い方なんだこれは)
「葵さん、少しでいいから起きて下さい」
再び揺すると葵は急に目を開けた。
「・・・石神さん?」
「はい、ここに居ますよ」
「・・・敬語、やです」
(今そんな事を言っている場合か!!)

「おぶってあげますから、少し協力して下さい」
俺はため息まじりにそう言って、葵に背中を向けた。
「・・・」
「葵さん?」
「・・・敬語、やですってば」
「はいはい。分かったから。早く乗って下さい」
「・・・」
葵は口を尖らせながらも俺の首に手を伸ばした。
(ぐ・・・)
容赦なくしがみつかれて首が締まったが、葵を背負い直してなんとか隙間を作る。
酒を飲んだ葵は、子供のようにぽかぽかと温かかった。

「君達も帰りなさい」
「は、はい!!」
俺は全員の目を見て嘘がないのを確認すると、伝票の上にここの会計が出来るくらいの金を置いて茶屋を出た。



静かな住宅街を葵を背負って歩く。
日が落ちてきて気温も下がっている筈だが、俺は葵の体温のおかげで暑いくらいだった。

「石神さん石神さん」
「なんですか?」
先ほどまでの流れでつい敬語を使ってしまったが、今度は何も言われなかった。
(やはり、酔っているんだな)

「石神さんは、ママの事好き?」
「・・・は?」
予想外の問いかけに、返答に詰まった。
「ママ、美人だと思う?」
(一体何が言いたいんだ?)
「あのね、自慢のママなの」
「・・・そうか」

ふと何かを引きずっている気がして後ろを向くと、葵の手袋が片方カバンから出ていた。
少し体勢を変えて片手を動かせるようにし手袋を手繰り寄せていると、葵の目に涙が溜まっているのが見えた。
(い、今の会話の流れでどうして泣くんだ!?)

「私、可愛く、ないよね」
葵はそう言いながら顔を隠すように俺にしがみついた。
俺は涙に気付かなかった振りをして再び歩き始めた。

「・・・可愛いと思いますよ」
「ほんと?」
「あぁ」
―――今なら、何を言っても許される気がした。
「じゃあ、他のコに優しくしないで?」
「・・・は?」
(一体いつ俺が他の人に優しくしたと言うんだ?)
「ねぇ、石神さん」
「あぁ・・・約束する」
今の俺を見ても、誰も“公安の石神”だとは思わないだろう。
葵と居る時の自分は、まるで別人だと思った。

「アキさん、ごめんなさい・・・」
しかしそれを知らない葵は、俺の背中で的外れな事を呟くのだった。









*an extra
石神が帰った後の小杉家リビングにて。

葵(ん・・・石神さんの匂いがする・・)
よね「葵ちゃん大丈夫?ほら、お水よ」
葵「よねちゃん?あれ、私・・・」
よね「甘酒と間違えてお酒を飲んでしまったんですって?覚えてる?」
葵「あんまり・・・」
よね「それでシュワルツがおぶってきてくれたのよ」
葵「え、うそ!!」
よね「葵ちゃんがシュワルツから離れなくって大変だったのよ。ぐふふ」
葵「う、嘘でしょ!!?」
よね「本当よ。やっと離れたと思ったらどうしてもマフラーを離さなくってね、シュワルツが次に会った時に返してくれればいいって言っていたわ」
葵(マフラー・・・だから石神さんの匂いがしたんだ・・・返したくないな)
 
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