poinsettia


(これが‘好き’という感情なのかも知れない・・・)


もしかしたら俺は人を好きになったのかも知れない。
久し過ぎて自分でも信じられない事だが、そう考えると最近の不可解な出来事すべてに説明がつく気がするのだ。
高校生相手に妙な敵対心を持つのも。
一柳が馴れ馴れしく触れると苛立つのも。
広末の名前が出るたび苦い気持ちになるのも。
葵が悲しそうな顔をすると、どうにかしたくなるのも―――。
(やはり、葵と呼ぶのは抵抗があるな・・・)

葵・・・が決めたルールはこうだ。
・二人の時敬語は使わないこと
・少なくともメールの時は‘葵’と呼ぶこと
(譲歩した結果らしい。メールから慣れろという訳だ)
これが破られた場合、SP達に俺の失態をバラすと言うのだ。
確かに知られたくはない。
――しかし、知られたからといって特に不都合はない。一度笑われるのを耐えればいいだけだ。
(この程度で弱みを握っていると思っている所が、甘いよな・・・)
しかし俺は脅されている振りをして、それに従っている。
(甘いのは、俺か)

この感情が気のせいではなかったとしても、どうにかしようという気はない。
なにせ相手は高校生なのだ。
ただ、葵が日々平穏に過ごせればいいと思う。
そして、自分と居る時に少しでも笑ってくれるといいと思う。
それだけだ。




後藤と黒澤と本庁に戻ろうと歩いている時だった。

「あー!サキちゃんだー!!」
黒澤が恥ずかしい位の音量で叫んだ。
黒澤の視線をたどると少し先に居た葵の肩がぴくりと揺れるのが見えた。
(振り向くなよ・・・)
そう念じながら角を曲がる葵を見ていたが、葵は曲がりきる前にちらりとこちらを見て驚いたように足を止めた。
黒澤がその隙に葵に近づく。
「サキちゃんですよね?握手してもらっていいですか?あ、出来れば写メも・・・」

「石神さんっ!」
しかし葵は黒澤を見事なまでに無視し、俺の方へ走ってきた。










(犬・・・)
葵に尻尾でも付いているように見えて思わず笑いそうになったが、それどころではない。
(今、確実に面倒臭い事になっている)


「え、石神さんサキちゃんと知り合いなんですかー!?」
黒澤は無視された事を全く気にする様子もなく戻ってくる。
後藤は俺と葵と黒澤を見比べて考えるように腕を組んだ。
「もしかして後藤さん知らないんですか!?今をときめくカリスマモデル、サキちゃんこと佐々木葵を!?」
黒澤に詰め寄るられ後藤は更に訳が分からないといった顔をした。
(まぁ、そうだろうな・・・)
俺は少し後藤に同情したが、そちらは後回しにし葵に視線を向けた。

「えっと・・・今大丈夫ですか?」
「捜査中に見つかるような間抜けな真似はしませんよ」
俺は眼鏡を直しながら皮肉っぽく言ったが、葵は嬉しそうだ。
「石神さん、サキちゃんとはどういった知り合いで!?」
黒澤がぐるりと向きを変え、今度は俺に顔を近付けてきた。
「うるさい」
耳元で大きな声を出された俺は身を引くと同時に黒澤の頭を押しのけるようにはたいた。
その様子を見ていた葵はますます嬉しそうに笑う。
「石神さん、この人達は?」
「部下だ」
「石神さん、この人は?」
俺が葵の質問に答えると、黒澤が葵の口調を真似て聞いてきた。
(コイツは本当に、人を苛立たせる才能に秀でている)
「・・・小杉よねの従姉妹でアキさんのご友人だ」
「小杉・・・!?」
後藤が小杉よねの名を聞いて目を見開いている。
(まぁ、そうだろうな・・・)

「石神さんは、どこでどう知り合ったんですか?」
黒澤は追及の手をゆるめない。
「このお嬢さんは良く官邸に居るからな」
「あ、だから石神さん自分で官邸行ってくれるようになったんですか?」
「違う」
俺は即答したが黒澤はにやにやとした顔をやめない。
(そんなつもりはなかったんだが・・・そうだったのか?)
「じゃあ、どこでどうやって仲良くなったんですか?」
「別に仲良くなど・・・」
そう言いかけると葵が泣きそうな顔をしたのでぎょっとした。
「だって、仲良しさんじゃないですか。石神さんが手帳に付けてるストラップとお・そ・ろ・い!」
黒澤が鳥肌が立ちそうな気色悪い声で言いながら指さしたのは、葵のポケットからのぞいているストラップだった。
葵はぱっと笑顔になった。
「付けてくれてるんですか!?」
(さっきの表情は何だったんだ・・・)

「戻るぞ」
認めるのも否定するのも得策ではない気がして、俺はいつの間にか葵の手を握ってぶんぶん振っている黒澤の襟首をつかんだ。
そのまま引きずるように進むと、葵の声が俺を引きとめた。
「石神さん!明日ですからね!」
「あぁ、分かってる」
俺は黒澤をつかんでいない方の手を軽く上げ、その場を後にした。
(明日は家庭教師の日だ)



少し行った所で黒澤から手を離し、軽く払う。
石神さん、ひどいっ!などと言っている黒澤を無視していると、どこからか定番のクリスマスソングが聞こえてきた。
視線を上げると、街が、きらきらと色付いているのが見えた。










(居心地が悪い・・・)

勝手に想像させておくと何を言い出すか分からないから家庭教師の事を話したのだが、それからというもの半休をとるたび、にやつかれる。
今日は珍しく仕事が早く片付いたから定時にあがっただけだというのに、この後の予定をしつこく聞かれた。
(腹立たしい事に、後藤すらこれを楽しんでいる節がある)
早くあがった所で特にする事はない。
せいぜい明日からの為に睡眠をとっておくかという位のものだ。


「チキンいかがですか〜!?」
(・・・あぁ、今日はイブか)
臨時に設けられたスペースで寒そうな格好のサンタクロースがチキンを売るのを見て、一人頷く。
(だからあんなにしつこかったのか。そもそも日本人はミーハーだ。日本にキリストの降誕を祝っている者がどれだけいるだろう?クリスマスの数日後には神社に行ってやおろずの神に願い事をするのだ。ミーハーという俗語が生まれた事自体がそれを象徴しているし、和製英語などが多く存在するのも日本人の国民性を表していると思う。・・・しかし、俺はそんな日本人が嫌いではない。でなければこんな仕事はしていない。自分の時間を犠牲にしても守りたいと思う程度には、愛着を持っている。そして・・・自分だってそんな日本人の一人なのだ)
―――ミーハーな日本人の一人である俺は今、ケーキを持って小杉家の前に立っている。



(葵は、居るだろうか・・・)
あまり深く考えずにここまで来てしまったが、葵が家に居ない事も十分に考えられる。
(仕事かも知れないし、友人と集まっているかも知れない。葵なら誘いも沢山あるだろう。男と居たって・・・不思議ではない)
葵が居ないという事実は知りたくない気がしてやはりやめておこうかと思ったが、このままこのケーキを持って帰るのはむなしい。
(もしかしたら小杉よねが居るかも知れない。そうしたらケーキを渡して帰ろう)

俺は咳払いをひとつして、チャイムを鳴らした。



部屋の中から物音が聞こえて、気配が近付いてくるのを感じる。
(よかった、どちらかは居るようだな)
俺はケーキを持ち帰らなくていいことに安堵しながら、扉が開くのを待った。


「は〜い!あら、ハンサム!!よねちゃんのボーイフレンド?まさか、もしかして葵!?」
テンション高く登場したのは、葵の黒い目を茶色くして10年ほど成長させたような女性だった。
(葵!?・・・なわけないか)
葵によく似た女性は、はっきり言って美人だった。
(姉か・・・?)
矢継ぎ早に繰り出される質問にも答えられず呆然としていると、中から葵が出てきた。
「ママ!勝手に出ないでって言ってるでしょ!」
「え〜べつにいいじゃない。それよりこのハンサムはどなた?」
「い、石神さん!?」
「葵のボーイフレンド?格好いいじゃない!」
「ママ!言ったでしょ、家庭教師をしてもらってる人が居るって!」
「でも、よねちゃんの話ではそれが葵の好きな人だって・・・」
「ママ!?いいからあっち行ってて!!」

(ママ・・・)
目の前の二人は騒がしくやりとりしているが、あまりの衝撃に何を言っているのか分からなかった。










(ママと言うからには若く見えるが少なくとも30半ばには達している筈だ。それにしたって若い。親が30代なんて・・・葵より、葵の親の方が年齢が近いのか・・・)
気付けば俺は椅子に座らされていて、葵と葵の母親と小杉よね(居てくれて助かった!)とクリスマスパーティーをするというなんとも理解しがたい状況になっていた。


「わぁ、可愛いケーキですね!」
箱を開けた葵が目を輝かせて言った。
(嫌味…なわけないか。ケーキを用意してる事を想定していなかった俺が悪い)
「不細工なケーキなんてあるんですか?」
――そう、俺はよりにもよって一番用意している確率が高いケーキを持って来てしまったのだ。
ばつが悪くてそっけなく返したが、葵はこういった俺の物言いに慣れたのか楽しんでいるようにさえ見えた。
「もー、石神さん・・・」
「ほらほら葵、早く座って。ケーキが2種類も食べれるなんて嬉しい!ありがとうございます、石神さん」
「いえ・・・」
葵の母親は何か言いかけていた葵を遮って切り分けたケーキを持って来た。
その顔は本当に嬉しそうで、感情を素直に顔に出す彼女は若々しくやはり親子というより良く似た姉妹に見えた。


「でも葵が家庭教師をお願いするなんて驚いた。熱心に勉強してる葵なんて見た事ないもの」
「熱心じゃなかったから、必要になったんでしょう。しかし飲み込みはいいですよ。理解出来なかったのは、勉強の仕方が悪かったんだと思います」
「たしかに一学期より成績が上がっていたわ。石神さんのおかげね」
そこで、黙々とケーキを食べていた葵が顔を上げた。
「ママ!通知表見せて石神さんに驚いてもらおうと思ってたのに!」
「あら、ごめんね。そういえば石神さん、お礼を差し上げてないって聞いたんですけど本当にいいんですか?」
軽く流されてしまった葵は、頬を膨らませて再びケーキを食べ始めた。
「私は公務員ですから。・・・それに、いつも美味しい夕食をいただいています。葵さんが料理が上手いのはお母様譲りだったんですね」
「石神さんったらお上手!お口に合ったなら嬉しいです」
――葵の頬はさらに膨らみ、いつもの俺のように眉間にしわがよっていた。
それを見ながら小杉よねはぐふふ、と笑っている。
(綺麗な顔が台無しだ。小杉よねも、笑っていないでフォローしてくれればいいものを)
俺は会話が途切れるのを見計らって葵に向き直った。
「葵さん」
「・・・なんれふか」
不機嫌を隠そうとしない葵に笑いそうになる。
「口の中のものを飲み込んだら、通知表を見せて下さい」
「・・・はい!」
葵は元気良く返事をすると、若干口をもごもごさせたまま自分の部屋へ走って行ってしまった。

「・・・もう。落ち着きがなくてごめんなさいね」
「いいえ。素直なのは悪い事ではありません。素敵なお嬢さんだと思いますよ」
「ぐふふ。シュワルツは葵ちゃんにメロメロね!」
「え、うそ、よねちゃんそれほんと!?」

(本人より年の近い親に、娘さんが好きだと、誰が言えよう)
綺麗に飾られたクリスマスツリーや見事に色付いたポインセチアを見る振りをしながら、俺はいくら隠しても否定する事は出来ない気持ちを自覚していた。









*an extra
石神が帰った後の小杉家にて。

ママ「葵ー、いつまで拗ねてるの?」
葵「・・・拗ねてないもん」
ママ「ごめんね。でも葵がお世話になってるし、私も石神さんとお話したかったの」
葵「・・・石神さん、楽しそうだった」
ママ(あれで楽しそうなんだ・・・)
葵「・・・ママの方が、お似合いだった」
ママ「あら、そんな事気にしてたの?ママなんて18の時36歳のパパと結婚したのよ?」
葵「それはそうだけど・・・」
ママ「私はお似合いだと思うな。葵と石神さん」
葵「ママ・・・ありがと」
 
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