fifth contact


――今でも時々、日本で過ごしたあの奇妙な数日間を思い出す。

映画や本で見ていた日本とは、全く違っていた。
そして普段自分が居る世界とも――。
結局俺は休暇を出した筈の上司にすぐに帰って来いと言われ、慌ただしく帰国しそのまま任務へ出た。
京都へ行くことも叶わず・・・緊張感の欠片もないくノ一に、何かを告げる事もなく。
(いや、告げる事など何もなかった。どうせもう会う事はないんだ)
しかし何故か忘れられなかった。
死を覚悟していた筈なのに、あの間抜けな女の事を考えると気が抜けて。
明日が来る事を疑わず、人を信じる事を躊躇わず、いつも楽しそうにしていた様子を思い出すと・・・死ぬ事が、とても馬鹿馬鹿しく思えると同時に、生きる事も、悪くないような気がするのだ。


俺が無事に任務を終えて帰ると上司は驚いた顔をした。
(結局捨て駒のつもりだったってワケか。まぁ、いい。任務は成功したのだから)
久々にマスターの店へ行こうと足を進める。
(結局マスターにもアボットにもろくに連絡せず行ってしまったからな・・・)
二人は、少なからず俺を心配していてくれただろう。
いつもは照れくさくて気づかないフリをするその事実が――今は嬉しいような気がした。

――扉を開けるといつも通り二人は居た。
しかし扉を開けると同時に向けられる筈の視線はいつまで経ってもこちらを向かず、二人は俺の見慣れない客との話に夢中のようだった。










「いつものでいいか?」
「あぁ、頼む」
俺に気づいたマスターはわずかに目を細めた後、静かに仕事を再開した。
近くに座ったのにも関わらず反応のないアボットにわざわざ声をかける気になれず、俺はなんとなく落ち着かない気持ちで水に口をつけた。

「イカ墨マフィンに挑戦したんですけど・・・」
「ほう!これはまた斬新ですね!」
「斬新過ぎました・・・なんというかこう、悪い意味でイカ墨の特徴を余す事なく発揮させてしまったというか」
「大丈夫ですよ。貴女の作ったモノなら、英司くんは残さず食べてくれますって」
「えーそれ全く想像出来ないんですけど!むしろ責任とって食えって口に押し込まれそう!!」
(・・・は?)
自分の名前が出た事とあまりにくだらない内容の会話に思わずそちらを見ると――。

「清墨さん!?おかえりなさ、い!!!」
ずっと記憶の片隅にあった間抜け面をした女が、椅子から落ちた。



(なんでここに居るんだ。どうしてアボットと親しくしているんだ。・・・コイツ、英語話してなかったか?良く似た別人か?)
しかし痛いと呻きながらも這うように俺に近づいてきた女は、俺を見上げてもう一度言った。おかえりなさい、と。
「亜子――」
俺は思わず手を伸ばした。
「うそ。清墨さん私の名前知ってたんですか!?」

・・・自分で言うのも何だが、感動すべき場面だと思う。しかし彼女はこうやって平気で空気をぶち壊すのだ。
「あのですね、私、どうしてもまた清墨さんに会いたくて!あれから英語猛勉強したんですよ!人間やれば出来るもんですね。それで私元々ライター志望だったんですけど、もうこっちでなっちゃえばいいかなって。いや、まだバイトなんですけどね〜でも少しずつ任される事、増えてきたんですよ!あ、どうしてこのお店を知ってるかですか??実は私清墨さんの携帯にかかってきた電話に出てしまって・・・その相手がアボットさんだったんです!アボットさんって恐ろしい程気が長いですよね、あの英語が壊滅的だった私相手に分かるまで話してくれたんですよ今考えるとほんとすご、」
「もう黙れ」
俺の手も取らずに座り込んだまま延々と喋り続ける彼女の腕を掴み立ち上がらせ、そのまま抱きしめた。

アボットのからかう声が聞こえたがそんな事はどうでもよかった。
狙い通り無言になって面白いくらい固まっている亜子が俺の腕の中に居る――今の俺にとって大切なのは、それだけだった。









*an afterword
清墨さんが好きでずっと書きたかったのですがなかなかキャラが掴めなくて。まだ謎の部分もあるしこれから矛盾点など出てくるかも知れません(ロンドン続編までの知識で書いています)が、私の中の清墨さんは形に出来たような気がします。
書きたい部分だけを書いたので展開が強引だったかも知れません・・・特に最後。
どのくらいの長さがちょうどいいんですかね。というか長くても飽きないような文章であれば問題ないですよね・・・精進します。
清墨さんの人気がもっと出ますように!!
20140719


 
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