「学生の最大の贅沢はね、時間を自由に使う事だよ」

車内でもなおぎゃあぎゃあと騒ぐ俺たちを微笑ましそうに見ていた圭さんが、石神さんと後藤さんを降ろした後真面目な顔でそう言っていたのを思い出す。
「もしやりたい事あったら、全部やった方がいいよ。無駄な事に時間を使えるの今だけだし、それは無駄にはならないから」

(やりたい事、って言ってもなぁ・・・)
俺にとって大切なのは、常に今だ。
笑って一日を過ごして、いい気分で眠る事。
(それが悪い事だとは思わないけど・・・うっすい人間だよなぁ・・・)
負のスパイラルに陥っているのには理由がある。
就活はいよいよ本格化してきて、早い奴は内定をもらい始めた。
自分の事を器用貧乏などと称してきたが、正直自信があった。面接官を言いくるめるくらい楽勝だと思っていた。
(なのに・・・・・・どれもこれも最終で落とされるなんて)
俺は馬鹿だっただけでなく貧乏だったのか、と考える脳は、もはや正常に動いているとは言えなかった。


「おい黒澤ぁ!久々に先輩に会ったっていうのに、態度がなってないんじゃないの?」
「まだ2ヶ月位じゃないですか・・・ちょ、広末さん!こぼれる!こぼれますって!」
テーブルに突っ伏した俺の傍にやってきた広末さんが中身の事など考えてないだろう勢いでジョッキを置いた。
俺はすっかり自分の世界に入り込んでうじうじとしていたが、今日は学部の0Bの人と居酒屋で飲んでいたのだった。
「黒澤悩みごとぉ?先輩が聞いてあげようじゃないの!」
「悩み事・・・というか、なんというかその・・・」
大した量を飲んだわけでもないのにべろんべろんの広末さん。
(でも・・・この人だってちゃんと就職して働いてるんだもんなぁ・・・)
「早く就職して働きたいな、と思いまして・・・」
独り言のようにつぶやくと、広末さんは怪訝な表情になった。
「働きたいぃ?変な事言うなぁ、黒澤。学生の方が楽しいに決まってんじゃん。毎日働くのって辛いよー?俺この前夏休みなんてろくにないんだと思ったら死にそうになった・・・」
「それでも、働きたいんです」
そう返した俺に、広末さんは一瞬真顔に戻った後、まるで大人みたいな顔で笑った。
――その態度がまた、俺を焦らせる。

「どうしてそんな事思うワケ?」
「・・・一人前になりたいからです」
「ふーん・・・なぁ、一人前ってなに?正社員として働いて、金を稼いだら一人前?」
「それは・・・」
「働く事はもちろん大切だよ?でも生きてくって、それだけじゃないっしょ?」
その言葉を聞いて、俺はようやく冷静さを取り戻した。
(あぁ・・・俺は、ただただかまって欲しいだけの、子供だ)


圭さんが好きだ。
どうしても、好きだ。
でも彼女は遠くて――その腕をつかめると思った矢先に、いつもするりとかわされてしまう。
俺は年齢や学生と社会人という立場の違いがその距離の正体なのだと思っていた。
どうにもならない距離。だから就職すれば同じ所に立てると思っていた。
(年のせいにしているようじゃ・・・一生このままだ)
圭さんとは、就活に集中する為にバイトを減らしているので最近あまり会えていない。
でも会えた時、彼女は前に怒らせてしまった事などなかったように俺に接してくれている。
(もっと広い視野を持つこと、相手の立場に立ってモノを考えること、どうしようもない事実を受け入れること)
一人前への道は、長くけわしい。





砂漠のオアシスは奇妙な形をしている
俺の膝を枕にして寝てしまったこの気持ち悪い人は本当にさっきの人と同一人物だろうか。
そんなことを思いながらも、俺はイマイチ決まらない人生の先輩に感謝していた。
俺に出来ることがきっと、ある筈だ。

 
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