彼女が、コンビニに来なくなってしまった。
(軽蔑、された・・・)

人付き合いは上手い方だと思っていた。
言葉選びを間違えた事はほとんどなかったし、いつもその人が欲しい言葉を探せていると思っていた。
なのになんであの時あんな事を口走ってしまったのか。
(石神さんや後藤さんに馬鹿って言われるたびに内心むっとしてたけど・・・俺、本当に馬鹿なのかも)
博士課程の先輩ともうすぐ卒業の先輩を思い浮かべる。
(あぁ・・・なんか、無性に石神さんと後藤さんに馬鹿って言われたくなってきた・・・あれ俺M?Mじゃないよね??)
今までこんなに後悔した事はなかった。
バイト中は考えないようにしていたが実際にそれが出来ていたかは怪しい。
後悔というのは思った以上に疲れるようで、まだギリギリ電車が動いている時間だから今日はもう電車に乗ってさっさと帰ろうと思いながら帰り支度をした。

スタッフルームを出ながら何気なく携帯を開くと、後藤さんからの着歴とメールがたくさんあって驚いた。
慌てて一番最初に来ていたメールを開ける。

『石神さんが事故にあった。◯◯病院に来てくれ』
(石神さんが・・・?後藤さんが俺に来てくれって言うなんて・・・)
最悪の光景が頭の中に広がって寒気がした。

転がるようにコンビニから出ると、人にぶつかりそうになってしまった。
「すみません!!」
それだけ言って駅に向かって走ろうとすると、さっきまで思考の大部分を占めていた人の声がした。

「黒澤くん?どうしたの?」
それは想像していたような冷たい声ではなくて、人を(おそらく俺を)気遣う優しい声だった。
「石神さんが・・・」
テンパっていた所に優しくされたものだから。俺は泣きそうになるのを必死で堪えた。
「すみません、急いでいるのでまた今度!」
「ちょっと!待ってってば!」
俺の腕を掴んだ手の力があまりに心もとなくて、俺は我に返った。
「何があったのか説明して!」
しかし力は弱くても、俺よりもずっと冷静な彼女はこれ以上なく頼もしかった。
俺のたどたどしい説明を聞いた彼女は、俺の手を引き彼女が所有しているらしい車に乗り込んだ。










「石神さんっていつも無表情で口を開けば辛辣だし面白い所なんてひとっつもないのに一緒に居たくなる人なんです。絶対に嘘は言わないし石神さんが大丈夫だって言えば大丈夫だしなんだかんだ面倒見いいし・・・なんか、俺にとって、東京の父!みたいな・・・」
圭さんの運転する車の中。俺は不安を誤摩化すように喋り続けた。
延々と続くそれを、彼女は何も言わずに聞いてくれていた。

車が止まると同時にドアを開け、どこから入ればいいのかも分からないまま走り出すと、病院の方からゆったりと歩いてくる石神さんと後藤さんとすれ違った。
(・・・・・・え!?)
慌てて足を止め振り返る。
「黒澤?何をしているんだ?」
そう言う石神さんは、三角巾で腕を吊っているものの口調はいつも通りだ。
もの凄い形相で俺をにらんできた後藤さんに訳が分からなくなる。
そこに俺を追いかけてきてくれたらしい圭さんがやってきて、口を開いた。

「貴方が無表情で辛辣で面白い所が一つもない黒澤くんの東京のお父さん?」
「・・・はい?」
流石の石神さんもこれには面を食らったようだ。
圭さんってほんと面白いな・・・などと思っていたら石神さんにギロリと睨まれた。
「黒澤・・・どういう事だ、これは?」



「・・・つまり?俺が事故に遭った連絡を受けた後藤が慌てて黒澤に連絡した。その後たいした事はなかったと追加の連絡があったのに黒澤はそれを見ずにこの人を巻き込んでここまできた、と」
「はい・・・」
「すみません・・・」
「さっきの説明で分かるなんてやっぱりお父さんは違うね」
頭を垂れる俺と後藤さんの横で圭さんは非常に楽しそうにしている。
「黒澤はともかく後藤がそんなに慌てるなんて珍しいな」
「・・・すみません」
「いや、いい。心配かけてすまなかった」
「ちょっと聞き捨てならないんですけど!後藤さんはともかくって!」
「そうだよ黒澤くんだってお父さんの事心配してたんだから!」
「・・・すみませんがややこしくなるので貴女は少し黙っていてもらえませんか」
石神さんはため息をひとつつくと仕切り直しというように怖い顔をしてみせた。
「・・・無表情で辛辣で面白い所が一つもない東京のお父さんってなんだ?そもそもお前は東京出身だろう!」
「いったい!暴力反対!!」

頭はじんじん痛かったけど、石神さんがわざわざ怖い顔を作って怒っているのが無性に嬉しくて、にやにやしていたらもう一発殴られた。





黄色の軽自動車は異次元にさえ行く
遠慮する石神さんと後藤さんを送ってくれた圭さんは、最後に俺を降ろす時出張のお土産だと言い、決して可愛いとは思えない表情のキャラクターのストラップをくれた。
何をモチーフにしたのか予想もつかないそれからは、どこに行ったのかはさっぱり分からなかった。

 
back

home

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -