午前一時。
コンビニの近くに止まったタクシーから圭さんが下りて来るのが見えた。
ちょうどゴミ袋を持って店の外に出ていた俺は、彼女に声をかけようとして――立ち去ろうとする彼女の腕を掴む男の手を見た。
(誰、だ・・・??)
圭さんに続いて男は車を降り、タクシーは走り去った。
その車の音と自分の心臓の音が、体中に響いていた。


「圭。真面目に話を聞いてくれ!」
「もう聞いた。そんな狡い事は出来ない」
「圭にとっても悪い話じゃないだろう?」
「そうだね。夢のような話だよ」
「じゃあ、」
「でも、それは、貴方が私に好意を持ってるからでしょう?」
「・・・それは否定しない。けど、俺はお前のデザイン好きだよ」
「・・・」
「お前の発想を潰したくない。思いきりやって欲しいんだ」
「・・・ありがとう。でも、」
「返事は急がなくていいから。考えて欲しい」
男の背中越しにかすかに見えた圭さんはあの、悔しそうで、悲しそうな顔をしていた。
(圭さん・・・)
そして彼女は男に向かっておざなりにうなずくと、そのまま自分のアパートへ入っていってしまった。



彼女の姿が見えなくなってもなお、彼女の消えていった扉を見つめていた男に、俺は恥を忍んで事情を尋ねた。
その素晴らしい男は、俺の態度から俺が圭さんに好意を持っている事を察しただろうに、嫌な顔ひとつせず事情を教えてくれた。
その男の話によると、彼女は今わりと大きなデザイン事務所に勤めているそうだ。
その会社は、仕事は安定しているが代わりに融通がきかないというか・・・要するに、彼女は自由にデザイン出来ない状況にあるらしい。
このままこの会社に居るべきか迷っていた彼女の所に少し大きな仕事の打診が来ているという。
しかしその仕事を受けるには会社を辞めなければいけないらしく・・・つまり、彼女はフリーのデザイナーになるかどうかで悩んでいるらしい。
そしてこの素晴らしい男は・・・自分の会社の仕事を依頼するという形で、フリーになる彼女を支えたいと思っている、という事らしい。

(俺に、太刀打ち出来るのか・・・?)
まだ内定ももらっていない学生である俺に。
(いや、もうそんな事を理由にするのは辞めた筈じゃないのか黒澤透!)
俺にも出来る事がある筈だ。いつか思った言葉を自分に言い聞かせるように何度も繰り返した。





アテナにも世界は動かせない
たとえ運命のようなものを曲げる事であっても。
俺はそれを変えたいと思う。

 
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