彼女は一瞬で、これ以上なく俺を浮かれさせたり地の底まで突き落としたりすることが出来る。

(・・・そして、大混乱させることも出来る)
「寒く・・・ないんですか?」
まだ海はオフシーズンだ。
とはいえいつもならサーファーが居るのかも知れないが今日は波のコンディションが悪いのか誰も居ない。
暗い空に誰も居ない砂浜に躊躇なくビーチサンダルを脱ぎざばざばと水に入る、圭さん。
(もう、何がなんだか・・・)

「さむいに決まってる!!」
「え!!?」
圭さんの声に慌てるがもうマフラーや手袋を持っている季節ではない。
俺はシャツを脱ごうとしたが、でも大丈夫ー!という声がどんどん遠くなっていくので慌てて彼女を追いかけた。


今日のお昼頃、麦わら帽子にビーチサンダルという夏の装いをした圭さん(流石に長袖だったが下はショートパンツでなかなか刺激的である)がコンビニに現れた。
そしてまるで俺がもうすぐ上がりなのを知っているかのように躊躇なく「海に行こう!」と言った。
質問する間も与えられず(断る理由もなかったが)車に乗り込み、彼女は鼻歌を歌いながら海を目指した。

(何故海だったのか・・・そして何故圭さんは見るからに空元気の様子ではしゃいでいるのか・・・何があったのか、聞いてもいいのかな)
残念な事にうふふあははみたいな展開にはならなかった。
圭さんはまるで修行の一環のようにひたすら波打ち際を歩き続けた。
唇がすっかり紫になった所でようやく海から上がった圭さんに俺は無理矢理自分の来ていたシャツを羽織らせた。
くしゃみをした彼女を(圭さんはくしゃみまで少し変わっていて可愛い)それ見た事かと軽く睨む。
口を尖らせる圭さんとの壁は・・・今日は薄い気がした。


「圭さん・・・この前は、調子に乗ってすみませんでした!」
壁を完全になくすにはまず、自分側の問題をなんとかしなければと俺は頭を下げた。
「・・・なんのこと?」
決死の覚悟だったのに、彼女は本当に分からない、という様子で首をかしげた。
「何って・・・あの、あれですよ」
「どれ??」
「調子に乗って浅はかな発言をした事です」
「アサハカ」
どうやら彼女は本当に思い当たらないらしい。
(という事は・・・え?コンビニに来なくなったのは本当に出張に行っていただけで?普通に接しようとしてくれていたわけでなく・・・普通だった、ってこと??)
緊張の為こわばっていた体が一気にゆるんだ。
「な、んだ・・・」
力なく笑った俺を見て圭さんは不思議そうな顔をしていた。

つまり、彼女の言葉はどんな時も本心だったのだ。
未成年に間違えた事を嬉しいと言ってくれたのも。
無理矢理道を渡った俺を注意してくれたのも。
俺の発言に怒ったのも。
学生の間にやりたい事をやった方がいいとアドバイスをくれたのも。
俺とは違う。圭さんは相手が欲しい言葉を選んでいるわけじゃない。
彼女の本心が俺を驚かせ、喜ばせ、悩ませでいるのだ。
――でも、彼女は知っている筈だ。
正直に生きれば生きる程、辛い事があるという事を。
今俺の目の前でどこか辛そうに笑っている彼女もまた、本物なのだ。
辛い思いをしても、それでも背筋を伸ばして進んでいく彼女が、眩しい、と思った。

壁を作っていたのは、いつも楽な方へ流れていこうとする俺だった。





天然水の精製にはリスクが伴う
てっきり大きな城でも造りたくなって海に来たのだと思っていたのに、その日、彼女が砂に触れる事はなかった。

 
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