08_side 櫂


──アンコールが鳴り止まない。
今日は何かが違うと敏感に感じとった観客は、その何かが起こるのを待っているように見えた。
彼女がくるりと回ってメンバー全員と目を合わす。
そして小さく悪戯っぽく笑うと、龍に合図を出した。
──イントロを聞いて、瑠禾の動きが止まる。
彼女はその様子を見て満足そうにまばたきをすると、マイクを手に取った。










「──櫂」
俺はその声にはっと振り向いた。

リハーサルの翌日、今日はホールが使えない為いつものスタジオで合わせる予定になっていた。
唯ちゃんは瑠禾に会えたのだろうか。
瑠禾は自分の気持ちとちゃんと向き合えたのだろうか。
今日二人は来るだろうか──。
どうにも落ち着かなかった俺は、時間よりだいぶ早くスタジオに訪れ、屋上で空を眺めていた。


「櫂、ありがとう」
その声は俺のよく知る唯ちゃんの声だった。
──そして、今までは知らなかったであろう俺の気持ちに気付いてしまった声だった。
(我ながら必死だったもんなぁ・・・仕方ない。でも唯ちゃん、そんな顔しなくていいんだよ)
「どういたしまして。って・・・結局何も出来なかったけどね」
そんなことないと言ってくれる彼女に笑顔を返す。
俺はちゃんと笑えていたと思う。
二人の幸せを願っていたのも、本当だったから。
「あのね櫂、お願いがあるんだけど──」










流れ始めた曲は、瑠禾がこの日の為に作曲した曲だった。
瑠禾と唯ちゃんの婚約を発表する時に演奏する予定だったものだ。
あの日記憶が戻った事を教えてくれた唯ちゃんは、瑠禾に秘密でこの曲をやりたいから協力して欲しい、と言った。
(記憶が戻った事もそれまで秘密、なんて、唯ちゃんもちょっと酷なことするよなぁ・・・)
そうは思ったが二人はお互いの想いを伝えられたようだったし、いつも飄々としている瑠禾にサプライズを仕掛けるのもいいかも知れない、と結局瑠禾を除くメンバー全員で悪ノリしてしまった。


瑠禾のソロがある間奏になっても動かない瑠禾に唯ちゃんが近づく。
「瑠禾・・・いつも素敵な曲をありがとう。いつも私の傍に居てくれてありがとう。私は、いつどこで出会っても瑠禾に恋をするよ。大好きなの。だから瑠禾・・・私と結婚して下さい!!」
瑠禾ははじかれるように立ち上がると彼女を抱きしめた。
会場は悲鳴のような歓喜に包まれる。
──瑠禾の頬に、涙が光った。


彼女は子供をあやすように瑠禾背中を叩くと、しばらくして瑠禾を離し、ピアノの前に座らせた。
その指からつむがれる旋律は、彼女の喉から発せられる声は、俺たちの演奏を加えて完成するその曲は───間違いなく、トロイメライ史上最高の音楽だった。









*an afterword
昔、友人が「なんで籍を入れるのかが分からない。二人の事なんだから、二人が幸せならそれでいいじゃない」と言っていました。
その時はうまく伝えられなかったけれど、世界に二人きりじゃない限り、そうも言っていられないと思うのです。
戸籍上夫婦であってもうまくいっていない人は沢山居ると思うし、その逆もあると思います。
法律の事はよく分からないけれど、例えば相手が事故にあった時、無条件に病室に入れてもらえるのはどちらだろう。
相手の家族に不幸があった時、嫁なら手伝いに行かなければならないのに、彼女だったら下手したら迷惑になるんじゃないだろうか。
相手が大変な状況下にある時、帰る家が同じなら自然と巻き込まれるのに、別だったらそれを知る事すら出来ないかも知れない。
・・・とまぁ、そんなに難しい事を言いたいわけではないのですが。
家族って単位は難しくて面倒くさくて、でも楽しくて強い。素敵だなって、私は思います。
夢のような結婚はないかも知れないけど、きっと、悪い事ばかりでもないんだろうなって。
長々と語ってすみませんでした。最後まで読んでくださり、ありがとうございました!!
20130706


 
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