僕らの女神
ある日の魔法薬学の授業中。
いつも通り、スリザリンとグリフィンドールの歪み合い合同授業だ。…にしては、意外な一コマと呼ばれるシーンが度々見受けられる。
「やあ、コウキ。僕と組まない?」
「いいわよ」
「よかった。今日は予約入ってないんだね」
「予約?」
「ペアを組む授業の時は、いつも君の争奪戦になるからね」
ひょいと後ろから現れたのは、グリフィンドールのリーマス・ルーピン。私がスリザリンである事を気にも掛けず、こうやって話し掛けてくる珍しい存在だ。私自身、寮の関係は気にしていないというか、どうでもいい。
「おい、落したぞ」
「あ、ごめん。ありがとう」
教室から出る間際、セブルスが私を呼び止めた。抱えた鞄を持ち直し確認すると、確かに羽ペンが一本足りない。セブルスの手からペンを受け取り鞄に入れ直した時、後ろから嫌味な声が降り掛かってきた。
「へえ、スニベルスでも女には優しいのか?」
「あなたみたいに誰これ構わず手を出す人に言われたくないわよ」
「…ほおっておけ、こいつらに構っている暇など無い。時間の無駄だ」
「んだと?」
「ああもううるさいな。自分の星へ帰れ!」
「なんだと?てめえこそ…」
「シリウス、思ってもいない事言うもんじゃないよ」
「あ?どういう意味だよジェームズ」
「言ってもいいの?」
「だから、うるさいってば!喧嘩するなら自分達の寮でやってよね」
この2人…いや、正確には4人+αにはよく顔を合わせる。1人静かにいたいと思う私の心は、いつもこの面子に無下にされるのだ。彼等は私にとって疫病神でしかない。同門であるスリザリンに一線を置かれたり、グリフィンドールは勿論、他寮からのやっかみも受ける。嫉妬の目を向けられてるだけなのはわかっているが、私は目立ちたがり屋では無い。
そんな私が今一番気になってる事がある。あのセブルスに彼女が出来たという噂だ。さらりとかわすようで、本心は真意が気になって仕方無い。いや、私は別に、好きな訳では。
「じゃあ、誰の事が好きなの?」
「ひっ!誰!」
「僕だよ。ジェームズ・ポッター。お姫様一人で退屈だったろう?」
「な…」
1日の授業も終わった午後。あまり一目につかない湖の畔でだらりとするのが私の楽しみだ。ここからは、禁じられた森の入り口が小さく見える。夜に向けざわつき始める森を見ているのが、最近自分の中での流行り。…そんな細やかな楽しみも、今崩壊を迎えたようだ。
「あなた達はどうして私に付き纏うのよ」
「それは君が好きだからさ」
「は?」
「知らなかった?君に変な虫がつかないようにしてるのも僕らだ」
「あなた達が変な虫よ…」
「冷たいなあ。そんな事をされている間に、スネイプが他の女にとられてしまったからかな?」
「それ…本当なの?」
「麗しきお姫様は、やはりスネイプの事が好きなんだね」
「ち、ちが…」
「一人でいる時も、あいつの事を考えるくらい気になっているんだろう?」
何を言い出すか。このむっつりゲス野郎!と吐き捨て、さっさとこの場を立ち去ろうと立ちあがった瞬間、体の向けた方向とは間逆に強く引き込まれた。
「わっ…」
「確かめる好奇心よりも、真実を知る恐怖が上回っているんだ?」
「やっ…離してよ!」
「叶わない恋を抱くより、目の前の手を取った方が楽だよ」
がっちりと背後から手を回され、身動きが取れない。その上耳元で囁かれ、緊張しきった体は否応なしに体温が上がって行く。頭がどうかなってしまいそうだ。
「見せたいものとは、このことか」
「!」
「ナイスタイミングだよ、スニベリー」
最悪だ。一方的であるとはいえ男に抱かれて赤面している状態で何を言おうが説得力など全く無い。熱くなった目頭は、そう簡単に冷めてはくれなかった。
「っセブルス…」
「ポッター、その汚い手を離せ。お前にその資格は無い」
「よく言うよ。君にだってその資格は無いんじゃない?」
「うるさいばか!」
メキッと嫌な音が聞こえたが気にしている場合ではない。今は私の一大事が起こっているのだ。骨の1本や2本、折れてしまえばいいとポッターの腹部に肘打ちをかます。
「もう皆ほっといてよ!も、やだ…」
唯一の安全地帯である自室へと向かおうとした私は、再び動きを止められた。先程までとは逆の方向に引き込まれ、痛い程力が篭った手に引き摺られるように歩き出す。暫く言葉も無く、そのまま片腕だけが自由を失っていた。
「何をやってるんだお前は」
「何って…セブルスに関係ないじゃない…」
「ポッターとの関係を否定しないのか?」
「否定したら、今までと何か変わるの?」
鼻声掛かった掠れ声しか出ず、虚しさを煽る。変わらず私の腕を引くセブルスの手に、更に力が篭った。痛い。
「…お前は僕が好きだと聞いていた」
「な、にを…?」
「だから、居なくならないと思っていた」
頭を鈍器で叩かれたような衝撃に、足が止まった。今、何て。
「誰が、そんな、事」
「…」
「セブルス、彼女、いるんでしょ…」
「いない」
「え?」
「いて欲しいのか」
「や、そ、そうじゃない、けど」
私は正しく言葉を発しているだろうか?今自分が持つべき感情がわからない。混沌とした脳内を整理するには時間を要するというのに、セブルスは追い討ちを掛けるように言葉を重ねて行く。
「なら、作る事にしよう」
「え…」
「…そんな顔をするな」
ふ、と笑ったセブルスが私の手を取り直し、引き寄せる。鼻孔を擽る香りを吸い込み、ああ私はセブルスに抱き締められているのだと理解した。暫くして、セブルスは少しも冷静さを取り戻せないままの私の手を取って歩き出した。今度は優しく、掌を包み込むように。
「あの…」
「なんだ」
「よくわからないんだけど…これって、そういう事なの?」
「そういう事だろう」
「口で言って貰わなきゃわからないなーなんて…」
「…お前はそういう女だったな」
「ど、どういう意味よ」
「(立ち直りが早いというか…開き直りタイプというか…)」
はあ、と大きく溜め息を付かれ、握られた手を離されないように強く握り直した。片眉を上げたセブルスがもう一度私の顔を見遣る。
「な、なによう」
「人を振り回すのが得意な奴だ」
「ええ…うん、まあ」
「…」
おまけ
「結局スニベルスに彼女が出来たって話も、あいつらを引っ付ける為だったのか!?」
「そうだよ。知らなかったの?」
「知らねーよ!」
「いくら犬の脳みそでも理解出来ると思ったんだけどね」
「お前らだってあいつが好きだったんじゃないのかよ!?何でスニベルスなんかと!」
「もちろん、妹みたいで可愛いじゃないか!そんな彼女が奴を選んだのだから仕方無い」
「彼女には何故かセブルスが合ってる。ジェームズの言う通り、こればっかりは仕方無いよ」
「ボ、ボクは…別に…いい人だなって思ってるけど…」
「残念ね、シリウス」
「俺だってそうじゃねーよ!」
「はいはい。ま、うまくいってよかったよ。流石にあんな思いっきり殴られるとは思わなかったけど…」
「セクハラするからよ」
「あれ、本当はリーマスがやるはずだったんでしょ?」
「そうだよ。でも、僕じゃあ抑える自信無かったから、リリーというブレーキのあるジェームズの方がいいでしょ?」
「「「(この狼め…)」」」
「俺を置いて話を進めるな!」
おわり
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