合戦
冷戦の続き
来週の土曜日はホグズミードに出掛けられる。
そう気付いたのは夕方で、夕食後直ぐにリリーの下へと駆けた。
「ねえリリー、ホグズミードはジェームズと行くの?」
「特にそんな話は―――…コウキ、まだ誰と行くか話してないの?」
「うん、だから…」
「ああ、ごめんなさい。そう言えば私、もうジェームズに二人でと誘われていたんだったわ」
「やっぱり先を越されてたか。他当たってみるね、ごめんねリリー」
「いいえ、こっちこそごめんなさい。次は一緒に行きましょうね」
「うん、ありがとう!それじゃまた後で」
「ええ…」
もう消灯も近い時間。少し静かになったホグワーツの空気が好きだ。何処と無く暗くて、一歩間違えれば他の世界に落ちてしまうような、そんな恐怖心と好奇心が共存する時間。
ちょっと冒険してみたいと思うのは、こんな豪勢なお城に住んでいるからだろう。この時を一人で過ごすのが好きで、よく宛もなくふらふらと散歩をする。
「コウキ」
「あれ、セブルス」
「またこんな時間に一人で出歩いているのか?」
「散歩好きだから。セブルスは今まで図書館?」
「ああ。もう消灯時間も近いんだ、はやく寮に戻れ」
そう厳しい口調で言われたのだが、セブルスが歩き始めたのはスリザリン寮とは真逆の方向。私がグリフィンドール寮へ戻る道筋だ。
「何をしてる。早く歩け」
「う、うん。待って」
肩を並ばせる訳ではなく、少し大股で一歩前を歩くセブルス。グリフィンドール寮へ送ってくれるつもりなのだろうが、そう聞けば怒らせてしまうかもしれない。この少しの時間を大切にしたいと思う自分に反することはしないのが得策だ。
最初は目を合わせる事も、会話を成り立たせる事も出来ない状態が続いたが、一方的であろうと諦めずにいた。何年も掛かったが、時間が経つにつれセブルスからも話しかけてくれるような関係になったのだ。
ジェームズやシリウスとは目に見えて仲が悪いが、リリー曰く最近はリーマスとも対立しているらしい。彼らが言うほど、セブルスは悪い人じゃないと思うんだけれど。知識は偏れど、賢くない私の勉強を見てくれるし、細かい事にも注意出来る気遣い屋、と言うのが私の評価。
「何をニヤニヤしてる?」
「え、顔に出てた?何でもないよ」
「…まあいい。真っ直ぐ戻れ」
「うん、ありがとう。おやすみ、セブルス」
「ああ」
会話も少ないまま、気付けばグリフィンドール搭のすぐ傍まで来ていた。廊下の先にセブルスの背中を見送ってから、塔の階段を駆け登った。
「やあコウキ、こんな時間まで図書館に?」
「ううん、ちょっと散歩。勉強から逃げてるだけだけど…」
「こんな時間まで一人でほっつき歩いてたのか?」
「シリウスみたいのが沢山いるから危ないよ?」
「お前に言われたくねえよ」
「大丈夫だよ、セブルスが塔の下まで送ってくれたから」
「セブルス?スネイプが送ってくれただって?」
「う、うん…そうだけど…」
「ふーん?」
ソファに座っていたリーマスが暖炉の前で温まっていた私の傍に来た。どうしたの?と首を傾げれば優しく頭を撫ぜられ、駄目だよと呟く。
意味がよくわからなかった私はまた首を傾げたのだけれど、リーマスはもう何も言わない。
「これからが楽しみだね」
「リーマス、派手にやらかすなよ」
「君に言われたくないなあ」
「ど、どうしたの?」
「コウキ、もう遅いから寝ましょう?」
「うん…じゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
女子寮への階段を上がり、自室へついた時にリリーが溜息をついた。
「何か、悪い事した、かな?」
「いえ…悪くないけれど、ふふ」
「ええ?」
「鈍感なところが貴女の可愛いところで…危険なところよ?いつか身を滅ぼさないようにね」
「えっ、ええ?」
ついにやってきたホグズミード行きの日。
朝食を終え、大広間を出た瞬間手を引かれ、バランスを崩しながら人混みに突っ込む。手を引くのが誰なのか判明したのは人混みを抜けた時だった。
「セブルス!」
「すまない、痛かったか」
「ううん…大丈夫だけど、どうしたの?」
「今日のホグズミード、僕と一緒に行かないか」
「え?う、うん…?いいけど、」
「じゃあ、行こう」
「わ!」
また強引に手を引かれ、ホグズミードに行く人混みに紛れた。どうしたのかなんて聞く暇も無いまま、ホグズミードに着いた時には私も気持ちが逸れ、その時を楽しんでいた。
リリーやジェームズ達と行く時と違い、何だかセブルスらしい難しいお店に行ったり、二人でバタービールを飲んだりと新しい感覚に充実しているのを感じる。
「…悪かった、急に」
「ううん。楽しかった、ありがとうセブルス」
「いや…」
自然と繋がれた手がとても暖かく、何だか照れくさくて下を向いた時、セブルスが歩みを止めた。
「何か用か」
「何か用か、って事は無いんじゃないの?僕らのお姫様をさらっておいてさ」
「ジェームズ!」
「スニベルスにはもったいないよ」
「うるさい」
「ちょっと、やめてよジェームズ」
「いいから、君は安全なところにね?」
「安全って、わ!」
急に後ろへと引かれ、倒れそうになった所を引いた張本人のシリウスと、私の手を握り返したセブルスが抑えてくれた。
「おいスニベルス、離せよ?」
「どうしようが、僕の勝手だろう」
「ちょっと、シリウスまで…やめてってば」
ひょいとシリウスに持ち上げられ、私はセブルスを置いてその場から立ち去る外無かった。抵抗も虚しく、シリウスがやっと足を止めたのはホグワーツの入り口だった。
「もう!なんなの…」
「何でアイツといたんだよ?」
「一緒にホグズミードへ行く事になったからよ、悪い?」
「悪いに決まってんだろ?相手はあのスニベルスだぞ?」
「シリウス達の事と、私との事は関係無いじゃない」
シリウスに背を向け、来た道を目で辿る。あの場にはジェームズしか居なかったようだが、セブルスは今頃大丈夫だろうか。彼等が絡むとお互い怪我をしかねない。
「あら?どうしたの。コウキとシリウスが二人なんて珍しい」
「リリー、聞いてよ!」
「あ、ばか!」
一部始終を説明したところでシリウスはリリーにしこたま叱られ、その隙に私は先程の場所へと戻る事にした。
遠くに見えた人数が3人になっている。あれはリーマス?その前で地面に踞っているように見えるのはセブルスだろうか。
「やめなさいよ!」
「何で戻ってきちゃったんだい!シリウスは?」
「リリーに怒られてるわよ、ジェームズも後で痛い目にあうんだから」
「それはまずいな…どうする?リーマス」
「どうするもこうするも…僕が来た時にこの状態じゃないか」
「セブルス、大丈夫?」
「ああ」
この人達には関わらないという選択肢が無いのだろうか?もしかして、私のせいなのか。リリーが言ってたのはこの事?段々と暗くなる思考にストップをかけたのはリーマスだった。
「コウキ」
「うん?」
遠目で見ていたリーマスが近寄り、セブルスが起き上がるのを手助けした。セブルスは物凄く嫌そうな顔をしていたが、体の何処かが痛むのか手を振り払う事はしなかった。
「コウキはセブルスが好きなのかい?」
「…え!?」
「セブルスは、そうなんでしょ?わざわざ僕の目の届かないところへ連れて行くんだから」
「…答える必要は無い」
「セブルス、僕と勝負だよ」
「リーマス…?」
にこりと笑ったリーマスがいつものように私の頭を撫で、向き合った。手はリーマスの両手に包まれている。
「僕は君が好きだよ」
「え…?」
「僕と一緒に来てくれないか?」
「う、嘘…」
「嘘なんかじゃないさ」
「その手を離せ」
「それを決めるのは君じゃない」
呆気に取られる私の手をセブルスが取り、そちら側へと引く。思考回路が迷路になっている私は、これが正に両手に花だろうかと現実逃避を始める始末。
振り返って見たセブルスの顔は、少し紅潮して見えた。顔色の悪い状態がデフォルトのセブルスが紅潮して見えるなんて、逆に熱があるのではと心配になるレベルだ。
「好きだ」
「…は、誰が?」
「お前以外に誰が居る!」
「…こんな時にまで面白いな、コウキ…」
「え、あ、ごめん私?え、ええと…」
「お前はどちらを選ぶんだ?」
急速に進む展開と、もう戻る事は出来ない通ってきた道。様々な思考が私の頭を駆け巡る。選ぶだなんて偉そうな事、自分に降りかかるとは思わなかった。
「…私、」
目が泳ぎ、俯く。答えが出ないのでは無い。今まで積み重ねた物が、崩れるような気がして怖かったのだ。私の積み重ね方が悪かったのだろうか。
「ごめんね、コウキ」
「え…?」
「君がセブルスを好きなのは知ってるよ」
「…え、えええ」
「意地悪してごめんね」
「え?え?う、い、意地悪?」
「…セブルス、彼女を泣かせたらどうなるか、わかってるよね」
「…」
またにこりと笑い、リーマスはジェームズと一緒にホグワーツの方向へ帰って行った。
取り残された私達はしばらく立ち尽くしていたけれど、ふと目が合った時、互いの赤面し過ぎた顔に思わず吹き出してしまった。
「セブルス、本当?」
「こんなところで、嘘をついてどうするんだ」
「そう…かもしれないけど…」
「お前こそ、本当なのか」
「本当に決まってる」
もう一度手を繋ぎ直し、私達もホグワーツへと帰ったのだが。
その日からというもの、私とセブルスが一緒にいる時はとことん邪魔が入るようになった。
首謀者は勿論ジェームズとシリウスなんだけど…
「はあ…やっと撒けた…」
「隠し部屋を作ろう。場所を知られても、入ってこなければそれでいい」
「そんな事出来るの!?セブルスすごい!」
「もちろん、お前の力も借りるぞ」
「うん!」
新たな目標を掲げた私達は、邪魔者にも臆する事無く自分達の場所を見付けるようになった。
お陰で成績が面白い程上がったのは言うまでも無く、真面目に勉強をするようになった私に免じてか、勉強をしている時には邪魔が入らなくなったという小話もある。
「リーマス、思ったよりあっさり引いたのね」
「はっきり振られるより、自分から引いた方が傷付かないっていう逃げだよ」
「そう…それも何だか寂しいわね」
「彼女が幸せになれるなら、それで」
「リリー!リーマス!」
「どうしたの、コウキ…ってあなた泣いてるの!?」
「セブルスに何かされたのかい?」
「ちが…ジェームズとシリウスがっ!」
「…僕にはそっちのお守りがあるんだね」
「そうよ、リーマス。コウキの為にも頑張ってちょうだい」
「損な立場だ」
終戦!
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