冷戦
一瞬では自分の置かれた状況を理解出来なかった。ださいとか、大丈夫?とか、ほぼ失笑と共に上から降ってくる言葉と、宙ぶらりんの足。
…だまし階段に引っ掛かった。
「コウキ、今時引っ掛かる人なんて珍しいよ」
「…わかってるよ、わかってるから助けてよ…!」
もう数年この学校で過ごしている自分が、何故今更引っ掛かったかというと、上っていただまし階段の一段下に、一冊の教科書が落ちていたからだ。横に避ければ良かったものの、意気揚々と一段飛ばし。そう、それで思いきりバランスを崩したのだ。
「その教科書、誰の?」
「えーと…あれ、セブルスだ」
「ふうん…」
「…リーマスも、そういう反応するんだね」
「僕が届けに行こうか?」
「大丈夫だよ。図書館に行くつもりだったし、きっとそこにいるだろうから」
痛む足を引き摺りながら、そのまま私は図書館へと向かった。窓側一番奥の隠れた一角、セブルスはきっとそこにいる。
「セブル―――…寝てる?」
案の定その特別席には、規則的な呼吸を繰り返しながら本に突っ伏しているセブルスがいた。思わず目を擦り、その姿を何度も確認した。こんな貴重なシーン、もう一生見れないかもしれない。
「セブルス、こんなところで寝てたら襲われちゃうよ…?」
そんな物好き私と悪戯仕掛け人くらいなものか、と心の中で突っ込みつつセブルスの寝顔を観察した。いやいや、その私が今ここで君を狙っているよと更に突っ込む。ああ、寝ていても眉間に皺が寄っている。
「僕の顔を観察して面白いか」
「お、おおう。なに、起きてたの?」
「お前が煩いからな」
向かい側の椅子に腰掛け、だらしなく机に突っ伏しセブルスの寝顔を観察していた為、目を開いたセブルスと視線が合致する。その状況は未体験な程距離が近い。思わず顔を赤く染め、後退りしする。あ、凄く乙女な反応をしてしまった。
「何か用か?」
「ああ、そうだった。この教科書セブルスのだよね?落ちてたから」
「教科書?ああ、悪かったな」
「ううん。落したの?珍しい」
「らしいな」
セブルスらしくない失態だと思ったが、何か理由…と言うより主に悪戯仕掛け人達と関わるよろしくない事情があった可能性大だ。あまり深くは聞かない方が身の為である。
そんな私の気遣いを察したのか、フンと鼻を鳴らした後に少しだけ宿題の手伝いをして貰う事が出来た。
セブルスは入学してすぐ、私が図書館でどうしてもわからない宿題を前に唸っていた時に助け舟を出してくれた存在だ。その時以来、私がしつこく話し掛け続け、やっと会話が成り立つ程の仲になった。
談話室に戻り、ソファに転がっているシリウスとピーターの横に腰を落ち着かせた。見当たらないジェームズはきっとリリーの追っかけでもしているのだろう。リーマスは、まだ戻ってきていないようだ。どこか寄り道でもしているのだろうか。
「あれ?お前、リーマスと一緒だったんじゃないのか?」
「うん。でも図書館に寄ったから、途中で別れたの」
「へえ…」
「どうして?」
「いや、珍しい事もあるもんだと」
リリーかリーマスと共にいる事が多いのは確かだが、シリウスが言う程だろうか?とクエスチョンマークを浮かべつつ残りの宿題を済ませようと鞄を漁る。
「―――あれ?」
「あ?」
「うわ、図書館に羊皮紙忘れてきちゃった!」
「相変わらずどんくさいな、お前」
「うるさいな!」
腰を下してすぐだったのに、私はまた図書館へと戻る羽目になった。はやくしないと、セブルスが寮に戻ってしまうかもしれない。持ち主を失った宿題が捨てられてしまう可能性大だ。
図書館が見える廊下を勢い良く曲がった時、目の前に影が掛かり何かに思い切りよくぶつかった。
「う、わっ!」
「っ…」
「ご、ごめんなさい…あ、セブルス!よかった」
「人にぶつかって置いて、何だそれは」
「ごめんね?あの、私の羊皮紙見なかった?」
「ああ。これだろう」
「そうそう!ありがとう」
じゃあ、とセブルスに背を向けた瞬間、ぐいと後ろに引かれ、気が付いた時にはセブルスの胸の中にいた。
「ど、どうかした?」
「…お前、」
「へ?え、な、何?」
「―――何でも無い」
「…セブルス?」
いつものセブルスならば考えられない行動に、頭が付いて行かない。動こうにも、まだしっかりと手は掴まれたままで、当のセブルスは真っ直ぐと前を見据えている。
「あの…セブルス?どうしたの?」
「…」
「やあセブルス、何してるのかな?」
ゆっくりと向こう側から現れたリーマスと、後ろのセブルスに挟まれサンドウィッチ状態。ばちばちと無言で火花を散らす二人に、その体勢のまま呆けるしか無い。と言うか喧嘩をするなら私を離して頂きたい。
「手を、離してもらおうか?」
「お前に指図される筋合いは無い」
「あの…」
間に入る余地の無い状態で、状況を説明しろという目で二人に訴えると、溜め息を付いたセブルスの手が離れ、背後からいなくなった。逆光を浴び、表情を読み取れなかったリーマスも影に入り、いつもの笑顔を見せた。
「…なに、今の?」
「なんだろうね?」
いつもの笑顔だと思っていたリーマスの表情だが、どこか冷めた目をしている。え、怒ってますか?
「君に変な虫が付かないようにしないとね」
「え?」
「さ、戻ろうか」
「う、うん…」
しっかりとリーマスに手を握られ、顔が紅潮する。彼に手を取って欲しいと思う女子がこの学校に何百いるだろう。役得ではあるが、さらりとやってのけるリーマスに私の体は硬直するばかりである。
その日から、異様にセブルスに会う機会が増えた。
落し物を拾う頻度も増え、混入や忘れ物も多くなった気がする。珍しい事にセブルスに呼びとめられたり。図書館で会う時は宿題を教えてもらえる為有難い事ではあったが、その度に何故かリーマスが現れるようにもなった。
「コウキ、悪い女ね」
「え、私が?ど、どうして?」
「内緒よ。それで?今日の予定は?」
「昨日セブルスに勉強教えてもらった時だと思うんだけど、しおりが私の教科書に挟まっていたの。それを返しに行こうと思ってるくらいかなあ」
「また?この間もそんな様な事無かった?」
「でも、確かに最近よくお互いに忘れ物するようになったかも。私はよくやるけど、セブルスらしくないよね」
「ええ…怪しいわね」
「じゃあ、行って来るね」
「あ、気をつけなさいよ!」
「え?何に?」
「静かな猛獣達によ」
「う、うん?」
リリーの警告を、身をもって思い知る事になるのはそう遠い未来では無いだろう。
「あ、セブルスの羽ペン」
「また!?」
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