Game

僕達(特にジェームズとシリウスだけど)はこの学校では名の知れた存在であり、廊下を歩くだけで騒がれたり、告白を受ける事も屡々。

だけど、ジェームズにはリリーに片想い中。シリウスは常に彼女がいるようでいて、友情を優先している節がある。ピーターは影に隠れる事に徹しているし、僕は―――

「あ、やっぱりここにいたね」
「コウキ、」
「女の子達から逃げて来たんでしょ?天下の悪戯仕掛人様は大変ですねえ」
「そういう君だって、男子を撒いてきた所だろう?」
「よくおわかりで」

彼女はグリフィンドールでリリーと肩を並べる黒髪美人だ。純血の魔法族の為、遠い親戚に当たるジェームズやシリウスとは幼い頃から面識があったらしく、僕達4人と仲良くなるのはそう難しい話ではなかった。

「リーマスもいい加減落ちついてみたら?」
「そんなお見合いおばさんみたいな事言わないでよ」
「うるさいわよ。折角良い子紹介してあげようと思ったのに」
「どういう風の吹きまわし?」
「何その言い草!私はいつも親身にリーマスの事考えてあげてるじゃない」
「それで?誰を紹介してくれるつもりだったの?」
「勿論、私」
「へ?」

授業中に見せるような真剣な眼差しで僕らは向かい合った。沈黙した僕らの間を、暖かな春の風が抜けて行く。

「…ぷ、あはは!」
「何だい、本気かと思ったのに」
「やだな、リーマスったらいつからそんな素直な子になったの?」

あははと笑いながらコウキはホグワーツ城へと戻って行った。いつもそう。後少し手を伸ばせば届きそうでいて、案外掠らない微妙な距離。僕らは其処に立っている。するりするりと抜けて行く彼女を捕まえたいと思っている事実。それを否定する理由など僕には見つから無かった。

「リーマスもそろそろ彼女作ったらどうなんだ?」
「今日それ言われるの2回目」

談話室の暖炉の前。定位置であるソファを陣取っているシリウスがそう持ち掛けた。彼女という存在を思い浮かべた時、僕の頭に浮ぶのはただ一人だ。

「あいつなら良いんじゃないのか?」
「コウキの事?」
「コウキね…」
「何だいリーマス、まんざらでもないのかな?」
「そういうわけじゃないよ」

く、と喉の奥で笑う。人に言えば純粋では無いと言われてしまうかもしれないが、これは僕達の中である一種のゲームになっているのだ。僕とコウキは、どちらが先に落ちるかを自然と競い合っている。

「いたいた。リーマス!」
「やあ、どうかした?」
「監督生の呼び出しだって。マクゴナガル先生が呼んでる」

どちらも既に落ちているのは間違いないのだから、壮絶な我慢大会、もしくはくだらない意地の張り合いに見えるかもしれない。だが、それはそれでと楽しんでいるのだから、僕達はやはり少し純粋では無いのかもしれない。

「コウキ」
「うん?」
「頬、殴られたみたいに赤くなってる」
「殴られたって、あんたね…」

女の子にそんな事する奴と笑っているが、まるでビンタを打たれたかのような跡の残り方。顔に傷を残すのは、彼女を妬む存在のやり方だろう。

何度か、数人に囲まれている姿を見たことがある。偶然を装い手助けをするが、その度笑って謝る姿が見ていて辛い。知名度も人気も高い彼女だが、その事実を鼻に掛けたりはしないのに。

「僕が守ってあげようか」
「え?」
「手を出されないように、僕がずっと一緒にいる」
「な…に、」

きっと今僕は、意地の悪い笑みを浮かべているだろう。彼女を守りたいというのは事実。だが、何があっても表情を崩さず優等生を装う彼女の顔を、こんな風に変えられるのは僕だけという優越感。

「ねえ、コウキ」
「ちょっと、リーマス…!」

壁へと追い詰める僕の胸に手を当て、距離を埋める事を拒絶する。だが所詮は女の子の力。その手さえも力で抑えつけ、顔を近付ける。

あと少しで手に入る。あと、少し―――

「…なんてね」
「え?」
「そんなに怯えないでよ」
「な…」

いつも余裕のある彼女が、口をパクパクさせ段々頬を赤く染めて行く。ぞわりと走る興奮を、優越感と言わず何と表せるだろうか。

「なんてことするのよばか!びっくりしたじゃない!」
「びっくりさせようと思ったんだよ」
「なっ…」

それから数日、彼女の姿があまり見えなくなり、少しやりすぎたかと反省している時、リリーから「コウキが部屋に篭って唸りながら何か考えている」と言う情報を得た。

負けず嫌いの彼女は、僕を降参させる為の作戦を考えているのだろう。安易に想像ついたその姿にくすりと笑みが漏れた。

「リーマス!」
「おはよう、コウキ」
「おはよう。ちょっと話があるの」
「わかった。じゃあ何処かに移動しようか」

いつもの貼り付いたにっこり笑顔を取り払った僕らが落ちついた場所は空き教室。彼女が外、と言いかけた時、空に広がっていた雨雲が雫を零し始めたのだ。まず、一つ。僕に有利な条件となる。

「それで?」
「私ね、本気で告白をしようと思うの」

余裕が生み出す笑みか、焦りを隠す為の笑みか。コウキに向ける笑顔は僕の腹の底が垣間見える、とリリーに言われた事がある。前者か後者か、それは僕にもわからないでいた。

「リーマスにはそういう類の話、よくしてたでしょう?だから、聞いてもらおうと思って」
「それで、相手は?」
「えーと、普通に…いや、普通以上に人気があって…結構優しくて、頼り甲斐がある人…だよ」
「大雑把過ぎてわからないよ、それ」
「やっぱり?」

埃を払った椅子から立ち上がると、彼女の肩が少し揺れる。手を伸ばせば、先日の記憶が甦ったのか後ずさる彼女と、一気に距離を縮める。ガタンと大きな音と彼女の息を潜めた気配を感じた後、僕の視界に映るのはコウキと、床。

「リ、リーマス…」
「…」

今、僕と彼女の間でどんな駆け引きが行われているのか。

「よけてよ…」
「嫌だ、って言ったらどうする?」
「困る」
「困ればいい」
「ちょっと、冗談はやめてリーマス」

外では簡単に行動出来ない。天は僕に味方してくれたのだろうか?ならばと、更に距離を縮める。

「ん、う…」

その唇を塞げば息苦しさに漏れる甘い声。遂に跨いでしまった一線に、少なからず戸惑いがある。だが、ここから続く道を僕は知りたい。

「リーマ、ス…」
「それで、誰と付き合いたいんだっけ…?」
「な…離して、よ!」
「嫌だよ」

もう一度口付けようとした時だった。少し力を緩めた隙に、渾身の力でコウキが僕を押し返した。一瞬、何が起きたかわからなかった。軽く受けた背中の痛みに状況を確認すると、僕の上に覆い被さる彼女と天井。これは、間違いなく押し倒されている。

「私は…リーマス・ルーピンがすきだった」
「過去形?」
「うるさい聞け!…ジェームズ達の後ろにいるようでいて、なのに存在感があって、誰にでも優しくて、だけど、その優しさは他人との距離を置くための壁だった。…絶対、越えてやろうと思った」
「…うん」
「なのに、私の事なんてあっさりかわして…」

そう言ってコウキが勢い良く手を振りかざした。反射的に目を瞑った僕に、思っていた衝撃は起こらず。

「っ―――…」

振ってきたのは掌では無く、先程ゆっくり味わう事の出来なかった柔らかな感触だった。

「…あーむかつく」
「キスして最初の一言にそれはないよ」
「うるさい」
「それで?」
「え?」

―――今は、誰が好きなんだっけ?―――

僕のその言葉に、次は手が振ってきた事は言うまでも無い。結局は、手に入れた友人という関係を、壊すのが怖かった僕らの腹の探り合いだったこのゲーム。

「僕の負けだ」
「え?」
「好きだよ。ずっと前から」
「っ…わ、私も…好き」

そんな資格は無いかもしれないけれど、僕はこれからコウキと同じ道を歩いていく。僕の運命に彼女を引き摺り込んでしまうかもしれないけれど、コウキなら、きっと。

「大丈夫だよ、リーマス」

ほら、ね。

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