言葉にして

ひらりひらりと、羽ペンが生前の姿を取り戻したかのように卓上を舞う。
左右に行ったり来たりを繰り返すそれを操るのはリーマス。積み上げられた羊皮紙に1枚1枚丁寧にサインしていく。

没頭しているリーマスを、向いのソファでだらりとしながら眺めている私。
もう随分と食べてしまったチョコレートの包み紙を見て、伸び掛けた手を止めた。

「リーマス、紅茶おかわりいる?」
「ああ、今は大丈夫だよ」
「そう」

少しそっけない返事をしてしまっただろうか。
ちらりと覗き見ても、気にした様子は無い。

妙に落ち着かなくなり部屋を見渡しても、水槽の中を漂う生き物がいるくらい。
時計の長針がぐるりと半周し、机を占領している羊皮紙もやっと半分を超えた所だ。

音を立てないように立ち上がり、扉を潜った。
扉が閉まる寸前、リーマスを見たが出ていく私には 気付かなかったようだ。

扉に背を向ければもう夕陽が入り込み、廊下の先は薄暗くなっていた。
何だか責められている気がしたが、変なプライドが私の前に立ちはだかり、今出た部屋へ戻る事は出来なかった。

「あー」

子供っぽい事をしてしまった。
いや、子供ではあるがこの場合はガキと言うべきか。

いつでも構ってくれる筈は無い。
リーマスの仕事は、私達に対して教鞭を取ること。普段は忙しい合間を縫って時間を作ってくれているのに。

わかっているのに、少しでいいから私を見て欲しかった、と言うただの我が儘が私の足を動かしたのだ。
本当に、子供だ。

「邪魔だよね、私」

ぽつりと零したつもりのそれは、今の私には重く圧し掛かった。
立場も悪ければ、印象も悪いし、成績も悪い。
あまり関係の無いことまでぐるぐる胸を掻き混ぜていく。

「声、掛ければよかったかな」

窓の縁に腰を落ち着け、体をだらりともたげた。
目頭がじわりと熱くなり、床を見つめていた瞳を泳がす。
泣いたって仕方がないし、わかっていたはずなのに。頭に心が追い付かず、ゆらゆらと不安定になっていく自分が悔しかった。

「わっ!」
「見つけた、コウキ」
「リーマス…先生」
「こんなところに居たんだね、探したよ」
「あ、えと、ごめんなさい…」
「いいや、構ってあげられなくてすまなかった」
「え…いや、そんな」

抱き上げるように私の手を引き、そっと頭を撫でるリーマス。
ああ、誰もいない所にいてよかった。
流れ掛けた涙を隠し切れず、少し俯いて後ろを歩いた。

「仕事、は?」
「今日の分は終わらせたよ。気付いたらいなくて驚いたんだ」
「ごめん…」
「いや、気付かなかった私も悪い」
「じゃあ、」
「うん?」
「もう、隣に座ってもいいの?」
「ああ勿論。そうして欲しい」

先程とは別の意味で頬を赤くした私を見て、確信犯のように笑うリーマス。
まるで悪戯が成功した子供のような笑顔を溢し、繋がれた手を強く握り直した。

ごめんなさいと、ありがとうを伝えよう。
貴方の瞳を独占したいと思っている、この気持ちも。

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