手紙
「私、日本に帰ることにしたの」
ちゃんと発音出来ていただろうか。
笑顔で、は無理だ。この言葉がどれだけ残酷なものか、私はわかっている。
リーマスの顔は無表情に近い。
その中に垣間見える戸惑い。
今更後悔した。仕方の無いことだと、お互いわかっているからこその沈黙。どちらともそれ以上を言葉にすることは出来なかった。
"逃げよう"
そう言えたらどれだけ幸せだっただろう。
その先に待つ未来が辛く困難なものだったとしても、二人ならば生きていける。希望を持って、笑っていられる。
彼女の家は大きな屋敷だと聞く。
日本古来の古風な家。そんな家の一人娘が、この魔法学校に来れたのは奇跡に近い。ダンブルドアの説得が全てだった。
彼女の両親はホグワーツで学び、立派な魔法使いとなり帰国した。騎士団員だった彼等は主に日本で活動していたが、会議に参加する為にイギリスに向かう途中、消息が絶えた。彼女が2歳の時。
それから魔法の世界など夢物語だとでもいうように、彼女の家は魔法を遮断した。両親が残した結界の中で、彼女は普通の子供として育った。
そんな家であったからか、騎士団の関わりからか、ダンブルドアが学校へ入学するよう話に行った時は、顔も見せずに帰されたらしい。あんな学校にさえ行かせなければ、この子の両親は死なずに済んだのにと、憎しみが籠っていたに違いない。
説得が聞き入れられたからこそ、今ここにいるのだが、卒業後は必ず日本に帰ってくる事、そしてそれ以降は魔法に関わらないという約束をさせられたのだと言う。ダンブルドアは彼女の意思を尊重する様にと伝えているが、それも儚い夢に近いだろう。
そんな彼女と僕は、ホグワーツ校卒業を目前にしている。
「この世界も、リーマスも好きだけど、やっぱり育ててくれた祖母や祖父を無下にする訳には、いかない…」
それが、僕に突きつけられた現実。
コウキは優しく、何に対しても義理深い。そんな彼女がこの決断を下すのはどんなに辛かっただろうか。そして今も、心を痛めているに違いない。
僕は何と答えればいいのだろう?卒業が近付くにつれ、悩みは増えていった。別れた方がいいのだろうか?攫って何処かに身を隠そうか。
結局答えは出ないまま、この特急列車を降り、ホームを出れば彼女はマグルの生活に戻ってしまうのだ。
ジェームズ達には、コウキは話そうとしたが僕が止めた。彼等は何をするかわからない。実力行使と言わんばかりに彼女を誘拐してしまいかねない(僕としては願ったり叶ったりの話だが)
だけど…コウキの気持ちを無視する訳にはいかない。出来るならば、僕の力で正等に連れ出してやりたい。それが僕の想い。
―――すぐに手紙を送るわ。
―――うん、待ってるね。
―――コウキは日本の大学に入るんだよな?
―――そうだよ、4年間。
―――じゃあ長期休暇になればまた皆で集まろうよ。
―――楽しみだね。
―――日本の休暇はいつなの?
―――春と、夏、冬かな?詳しくは、まだわからないけれど。
曖昧に返すコウキ。
悲しみを含めた表情も、卒業だからという言葉で消化される。気付かれないように、出来ない約束はしないように。そんな優しさが見える気がした。
「コウキ」
「うん?」
「ちょっと、いいかい?」
コンパートメントを出て、少し窪んだ場所に落ち着く。向かい合って、そっと髪を掬えば、倒れるように僕の胸にしがみ付いた。
「っ…、ふ」
「…」
「…ご、め」
「どうして?」
「泣いちゃ、駄目なの、に」
「そんなことないよ」
苦しいくらい、抱き締めた。このままいなくならないで欲しい。週に1回、月に1回でもいい、こうやって僕の傍に居て欲しい。
「日本に、行くよ」
「だ、駄目」
「…」
「叔母も叔父も、わかっちゃう、から」
「ん…」
必死に泣くまいと涙を拭う手を取った。
今僕はどんな顔をしているだろう。
「リーマス、」
「好きだよ、コウキ。君が、どうしようもなく好きだ」
「っ…リー、マス」
コウキが手を伸ばし、僕の首に絡める。
頬に伝う涙が交わり、一つになって零れ落ちた。
―――Dear.コウキ
君が僕の生活の中から居なくなって、もう少しで1年が経つ。
約束通り君がこの国を去ってから、きちんとジェームズ達には事情を話して置いた。
やっぱり手荒な真似をするところだったよ、言った通りだったね。
僕は相変わらずジェームズ達にお世話になりっぱなしだ。
それでも嫌な顔一つせずに、助けてくれる。
いい友達を持ったよ、本当に。
日本の学校はどうだい?
君は今、何をしているのかな。
どんなに辛いことがあっても、挫けないで欲しいと思う。
きっと、この手紙が君に届く事は無いんだろうね。
血の繋がった親族でも、君を拘束している人が憎いな。
やっぱり、僕は君の想いを裏切ることになると思う。
From.リーマス
―――この飛行機が地上に降り立った時、そこは君の愛する土地だ。
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