×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

狙うは大将、落とすは天女






「あら、お兄さん見ない顔ね。」

フードトラックの売り子の女に言われて、カカシは訝しげに眉をひそめた。夏はとっくに過ぎているというのにアイスクリームのカラフルなポップばかりが目に入る。

「仕事で。」

オーダーしたホットコーヒーを受け取りながら、愛想のない返事をした。コーヒーの香りに混じって湿った土の匂いがする。まだまだ秋だと思っていたが冬の気配を感じて思わず身震いをした。仕事で訪れたこの街は自分の暮らす土地に比べて随分と寒い。

「ふうん。」

女はつまらなさそうにカウンターに頬杖をついて言った。季節外れのアイスクリーム屋に来る客はカカシ以外はいないようだ。ペットの散歩に訪れる人の他には枯れ葉が風に舞っているだけだった。

「ね、あたし名前っていうの。」

女は口元に薄い笑みを浮かべている。

「別にアンタの名前、聞いてないけど?」

カカシは相変わらず素っ気ない返事をする。けれど、名前は満足気だった。それからアイスクリーム屋の派手なエプロンを外して言った。

「あたし暇なの。」

名前はフードトラックの後ろからぴょん、と飛び降りて、制服のワンピースの裾をふわりと翻した。カカシはそんな彼女を尻目にスタスタと歩き始めた。

「ね、あたし貴方に興味があるって言ってるの。」

名前は早足に歩くカカシの正面に回り込み、挑むような目で言った。カカシはそれを無視して歩き続ける。それでも名前は食い下がった。

「ねえってば。」
「オレはアンタに興味ないんだけど。」

カカシは観念して名前を一瞥するとわざとらしく溜め息をついてぴしゃりと言い放った。すると名前は目をぱちくりさせたあと、口の端に勝ち誇った笑みを浮かべた。

「ふうん?」

カカシはどきりとする。と言うのも名前との攻防を続けているうちにこの辺りで一番治安が悪いと言われる通りまで来ていたからだ。相変わらず嫌な笑みを浮かべる名前の背後に続く石畳の細い路地は土地勘のないカカシから見ても立ち入ってはいけない暗く雑多な雰囲気が漂っていた。

「馬鹿なことするのは………?!」

カカシが言うが早いか名前はくるりと背を向けて、その陰気な通りを舞うように進んで行ってしまった。見るからに怪しげな酒場やストリップクラブが軒を連ね、行き交う人々の中には街娼や職にあぶれた風な者もいた。それでも名前は躊躇うことなく進んで行く。あっという間に人混みに消えてゆく名前。

「勘弁してよ。」

カカシは苛立ったように舌打ちをして、人波を押しのけるように名前の後を追いかけた。やっと名前を見つけたとき、彼女は酒瓶を片手に座り込んでいる男と対峙していた。
男はゆらりと立ち上がったかと思うと名前を値踏みするように見た。名前は思わず顔を顰めた。かと思うと、きっと強い視線で男に向き直る。そんな態度に男は逆上したように目を見開いた。

「まずいでしょ、これは。」

名前を助ける義理はないが、このまま放っておいても良いようにいたぶられるのがオチだ。カカシとて襲われかけている女を見捨てるほど薄情ではない。

男が名前に向かって腕を伸ばしてきた時、カカシは名前の手を掴んだ。名前はぐっと引っ張られた。カカシは何も言わず、名前の腕を掴んだまま、細い路地を駆け抜ける。後ろからは呂律の回らぬ罵声が飛んでくる。名前はカカシに引きずられるままに、路地をすり抜けて大通りへと飛び出した。

カカシは深い溜め息をついた。

「アンタ馬鹿なんじゃない?」

カカシは皮肉めいた口調で言った。けれど、名前はそんな事を気に留める素振りもなく、背筋を伸ばして立ち姿を決めると、にっこり微笑んだ。

「やっと捕まえた。」
「………」
「それに、あなた悪い人じゃないもの。」
「アンタってほんと……」

項垂れるカカシの言葉を遮って名前はつんとして言った。

「アンタじゃないわ、名前よ。」

ぐっと胸を張ってやや居丈高に言って見せた名前にカカシは諦めてふぅ、と溜め息をついた。カカシの都合はお構い無く「安心したらお腹すいちゃったわ。」と名前はカカシの袖を引いた。カカシは今度こそすっかり諦めて肩で息をして言った。

「分かりましたよ、お嬢様……何が食べたいの?」

名前は皮肉めいたカカシの言い方に満足気に口の端を吊り上げた。

「その角のお店のミートパイがすごく美味しいの。」





「あら、貴方の名前聞いてないわ。」

カカシの向かいに座って一心不乱にパイを食べていた名前がついと顔を上げた。口の端にミートソースがついている。

「はたけカカシ」

それだけ言うとカカシは名前の口元にすっと手を伸ばして、汚れた彼女の口元を拭ってやった。名前は口の端に微笑を湛えている。カカシは思った。この名前という女は見た目こそ、その日暮らしウェイトレスのようではあるがその所作は淀みなく流れるように美しかった。コケットリーな人柄が相まって不思議と人を魅了するように思えた。現にカカシは得体の知れないはずの彼女と共有する時間が苦ではなくなっていた。

「ねえ……苗字商事との取引上手くいったの?」

ふいに名前はすっと目を細めてカカシが持っていた貿易商の家紋の入った袋に目を向けた。苗字商事はこの辺りでは有数の商社である。カカシが今回この家に赴いたのもこの商社との取引の交渉するためだったのだが、苗字商事の社長というのがくせ者で、雲行きは怪しくなるばかりだった。

「気難しいでしょう?あの社長。」
「聞きしに勝る大狸だったよ。」

カカシは溜め息混じりに言った。

名前はそんなカカシのようすを愉快そうに眺めて頬杖をついた。

「ねえ、あたし苗字名前っていうの。」

「あなたに協力してあげる」そう言った名前の目が、その可憐な容姿には不似合いに鋭く光っていた。