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「よ!」
「あ、」

魚屋さんの前で買い物したばかりのビニール袋を引っ提げるあたしはとてもみすぼらしかったと思う。髪はボサボサだし、服装も上下スウェット。そのうえ、よくトイレに置いてあるようなサンダルを履いていたから。

「…お久しぶりです、はたけさん。」

よりにもよってこんな気分の日に知り合いに会ってしまうなんて。できれば今日は誰にも会いたくなかったのに、まさかはたけさんとは。
暗部一の使い手と称されるあのテンゾウ先輩が先輩と呼ぶほどの忍を前にこんなみっともない姿を晒すのは同じ暗部の後輩として、なんだか申し訳なくて居たたまれない。だけど今のあたしは服装なんてどうでもいいくらい落ち込んでいるのだ。
はたけさんは気だるい返事をしたあたしとは対照的にニコっとしている。それでいて嫌な感じはしないからやっぱりはたけさんはすごいと思う。

「どーしちゃったのよ。そんな死んだ魚見たいな目して。」

「この店の魚たちの方がイキイキした目だよ。」なんて冗談を飛ばされる。

「…死んだ魚の方が生き生きしてるって、あたしそんなに生気ない顔してました?」

「俺が暗部にいた頃の記憶だともっと覇気があったよ。」

はたけさんの言葉に自分がそんなにひどい顔をしていたということを知って余計に気分が重たくなった。まさか自分がこんなにセンシティブなメンタルを持ち合わせていただなんて驚きだ。

「あはは、そうですよね〜。まあ、色々ありまして…」
「任務に差し支えなければ話ぐらい聞くよ?」

「ま、名前がよければだけどね。」とにこっと眉毛を下げて笑うはたけさんは暗部にいた頃よりも、なんだかゆるっとした雰囲気になった。そんなはたけさんの雰囲気のせいか不思議とはたけさんになら悩みの胸の内を明かしてもいいのかもしれないという気がした。





魚屋さんを出て、はたけさんとならんで歩く。
あたしはさっき感じた疑問を率直にはたけさんにぶつけてみた。

「はたけさん、雰囲気変わりました?なんか前よりも優しい感じ。」
「それって前はオレ、優しくなかったみたいじゃない。ま、教え子がいるとね!」

あー、そっか。担当上忍してたんだっけ……
そこであたしはいつだったかアカデミーを卒業したての子供たち、と言ってもあたしとそう変わらない年頃なのだろうけれど。その子たちと演習場にいるのを見かけたことを思い出して、暗部のような血生臭い部署から異動すれば丸くなるのも当然のことかと納得する。

「そういえば、なんだか楽しそうにしてるの見かけたことがあります。」
「楽しそうって…名前ちゃん。これでもちゃんと任務してんのよ?」
「あはは!すみません。なんかあたしの知ってるはたけさんとはあまりにもイメージが違って!」

イメージが違うと言ってもあたしが暗部に入ってすぐに、はたけさんは担当上忍になってしまったから正直なところ、はたけカカシという人物がどんな人柄なのかほとんど知らない。はたけさんに関する知識の大半はテンゾウ先輩から聞いたものだ。それでも、一緒に暗部に所属していたほんの数か月で命を預けられる程に信頼できる忍だということは知っていた。

はたけさんは暗部にいた頃から後輩の面倒見がよかったなぁ、と朧気な記憶をたどった。初任務で緊張していたあたしの肩をぽんっと叩いて「あんまり気張らなくていいよ」と言ってくれたことは今でも覚えている。その言葉でふわりと心が軽くなった記憶が蘇る。

「じゃあ、お言葉に甘えて話、聞いてもらっちゃおうかな。お魚、買いすぎちゃったんです。うちで食べていきません?」

自分でも陳腐なナンパみたいだと思った。
だけど、はたけさんはその言葉の裏にあたしの悩みが人前で話すのは憚られる内容だと気がついてくれたみたいだった。

「お、いいね。」

そう言ってはたけさんは自然な流れで買ったばかりの魚が入った袋をあたしから奪っていった。なんていうか、映画の中に出てくる俳優さんみたいだ。それくらいはたけさんはスマートだった。
いつも覆面をしているからはたけさんの素顔は知らないけれど、それでも彼が整った顔立ちであることは目元を見ればわかる。その証拠にくのいちの間では「はたけカカシの素顔を見たら心臓を盗られる」なんて言われているぐらいだ。
まあ、こんなに優しくて、しかも凄腕の忍で、隠しきれないハンサムオーラを醸していたらそんな噂だって流れるか…

「ん?オレの顔になんかついてる?」

うっかりはたけさんの顔を凝視してしまったようで、「そんなに見つめられたらオレ、穴が空いちゃうよ?」と少し照れたような困ったような表情でおどけている。10も年の離れたあたしに見つめられても、というか凝視されても、ちっともどきどきなんてしないだろうから後者が正解だと思うけど。そして今、あたしを悩ませる問題がこの色気のなさなのだけれど…

「いやぁ、はたけさんと並んで歩いていたら、くのいちたちの恨みを買いそうだなぁって…」
「ははは、名前なら大丈夫でしょ。」

そのセリフ暗部に所属する身としては嬉しいけど、なんだか複雑……
ほんと、殆ど顔が隠れているのになんでこの人はこんなに妖艶なんだろうか。暗部の頃のオッドアイも艶やかだったけど、今は今でミステリアスな感じに惹き付けられる。
はたけさんに特別な感情を抱いているわけではないけれど、こんな色気を垂れ流しされてどきどきしないくのいちなんていないと思う。顔の半分が隠れているのにモテるなんて本当は写輪眼を使って世の女子たちをたぶらかしているんじゃないかと思いたくなってしまう。天は二物を与えず、なんて言うけれどはたけさんは非の打ち所がない。
なんて不条理世の中なんだろう……
自嘲混じりに溜息をつくとはたけさんは「どーしちゃったのよ。」なんて困っているみたいな呆れているみたいなどっちとも言えない表情であたしの隣を歩いている。

「むずかしい年頃なんです。イチャパラ読んでるはたけさんにはわかりませんよ。」

あたしは少しいじけて言った。
あたしは自分の色気無さに猛烈に悩んでいるって言うのに、はたけさんときたら堂々とエロ本を読んでいるし、顔もほとんど隠れているのに魅惑的なのがむかつく。普通なら完全に不審者なのに…
ちょっと不貞腐れてはたけさん八つ当りをすれば、やっぱり困ったみたいな呆れたみたいな顔をして「まあ、生きてる年数も違うしね。」と言った。



2020.0505加筆修正