君と僕との無関係


らいじん 新羅と臨也と、静雄について

 あーあ、またあんなに暴れて。たのしそうな微笑みにはなるほど反吐が出る、と新羅は読みかけの本を開いた。コテコテの恋愛小説は正直あまり好みではないが、彼女の趣味なのだ。首のあたりから湧き上がる煙をハートマークの形にして食い入るように読みふける彼女も相変わらずかわいらしいが、やはりできることならこちらを見てほしい。だから、おなじ本を購入してこうして密かに読んでいる。彼女の理想の男性像を演じるためなら、彼女を手に入れるためなら、何でも。
 だから新羅には、彼が、折原臨也が理解できない。
 シズちゃんがね、シズちゃんが、シズちゃんと、ああして何度も名前を呼ぶくせに、うっとりと目を細める彼はうそぶく、あんなばけものと俺は違うよと。そのたび瞳の奥にやどる、熱い、あつい炎のいろに、新羅はいつもうーんと唸ってそれはどうかなとつぶやくのだ。
 彼のどうしようもないところは、自分がただの、ありふれた、どこにでもある人間だと思い込んでいるところだ。君に与えられたものはそんな小さなものではない、と時折新羅はいってしまいたくなる。君のような容姿と声、身体能力と頭脳を与えられたひとなど探してもいない。折原臨也はあいされているのだ。造物主でもいい、何でもいいけれど、彼をつくったなにものかに。
 そのくせ彼は、コンプレックスとか劣等感をいつもいだきつづけている。自分をつまらないと決めこんではばけものをさがしている。彼をそうさせたのは、まぎれもなく、新羅だった。君は男運がないねえ、冗談めかして言った言葉に彼は振り返ってはあ?と語尾を上げた。
 しろいしろい、芸術品のようなうなじを、赤と黒のそっけない学ランに押し込めて、何でもないふりをして笑うその肌の下に、誰よりむき出しの欲望を隠す男。なんでもする、どんなことでもする、ああ、少し思いちがいをしていた。彼は静雄のためにならそのからだを砕かれても笑う。何度包帯を巻いてもギプスをはめても、その上からまるで上書きをするようにあたらしい傷を重ねて。
 ああ、まったく、君のえらぶ男はどうしていつもこうなんだろうね。わざと口に出してそう言うと、案の定彼は不快げな顔をしてこちらを睨んだ。だってそうじゃないか、この先は口に出さない。わたしは君を永遠に見ない。彼は君をみとめられない。知らないふりしてナイフを振りかざすことしかできない、くせに。
 いっそ時間を巻き戻して、中学の初め、彼と出会ったあの教室まで戻れたら、声を掛けず、彼をこんな場所に連れてくることもなかったのかもしれない。彼は今と変わらずどうしようもない人間だったかもしれないけれど、最初に静雄と出会っていれば、何かが変わっていたかもしれない。静雄ひとりに焦がれ、求め、手を伸ばし続ける臨也であれたら、まっすぐにもとめる言葉を口にし、ふたりは向き合えたのかもしれないけれど。
 無理だ、と、繰り返してしまうと、知っている。わかっている、きっとわたしは、あの後ろ姿にまた声を掛けるだろう。こちらを見ないあのまなざしを、きっとゆるせないだろう。もう一度刺されることを、躊躇いもしないだろう。
 ああ、どうしようもなく、
 君は本当に男運がわるい。もう一度そういうと、臨也は猫のように目を細めた。新羅は本当に狡くてひどいね。うん、と短く一言答える。そうだね。それは否定しない。できない。
 踏み出せない臨也の背を押すこともなく、こうして言葉で縛りつけて、彼のもとに行けなくさせる卑怯さも。静雄に自覚を促してやることもせず、何も動かない二人の様を、こうして眺めながら確かに抱いている優越感も。
 一言言ってしまえば崩れる、それだけの均衡。頼りない細い糸の上で、わたしたちは「なにもない」ふりをしている。
 静雄。
 ゴールポストを振り回し校庭を薙ぎ払うばけものの後ろ姿に、岸谷新羅は呼びかけた。
 わたしはひどい男だから、何も言わないし、してやらないよ。君が動かない限り、なにもない今はかわらない。わたしたちの無関係は、かわらない。
 不意に、眼下の静雄と目が合った。まるで呼びかけに答えるように(聞こえているはずもないのに)こちらを向いた彼に、すこし笑った。そんなわけはない、彼が見ているのは新羅ではない。彼が見るのは、求めるのは、
「いーーーーざーーーーーやぁ!!!!」
 聞こえるはずもない声が聞こえたのは、彼の声の大きさと、開かれていた窓のせいだろう。こちらを見ていた臨也もぎくりと体をこわばらせて立ち上がった。やばい逃げなくちゃ、すこしだけ余裕をなくした声で言い残し、じゃあね!と叫んで彼は駆け出す。

 時間はかかるだろうな、と新羅は笑んだ。
 崩れるその日まで、わたしはあのふたりの傍で、そしらぬふりをして笑っていよう。

End.

タイトルお題はからすまさんに頂きました

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