メメント・モリ.


※ホッチキス/シュガーポット/写し絵、で書いたもの

 パチン、パチンと軽い音を立ててホチキスの針が紙束を綴じる。恐らく上質なのだろう紙にはそれなりに厚みがあって、細い指には扱いづらそうに見えた。山のように重ねられた書類の束を黙々と分別し分類し綴じるだけの単純作業を、臨也はもう小一時間ほども繰り返している。
 普段彼が腰掛けている窓辺の大きな回転椅子は、主の姿を欠いたまま所在なげに立ち尽くしている。来客用のソファテーブルの実に4分の3を占領する紙たちに、追いやられるように隅に置かれた砂糖壷。そっけない硝子細工の中には、きれいにそろった形の角砂糖がいくつもいくつも入れられている。
 向かいに座ってホチキスを淡々と使う彼の指を何とはなしに眺める。きれいなかたちの両人差し指には鈍い銀色をした細身の指輪。まるで滑らかな中指の節、繊細な皮膚の流れ。この指が無数のナイフを投げ、明白な殺意を持って静雄を指刺した。数年前の過去のことを、今日のように思い返す。

 手持ち無沙汰に壷の中からいくつもいくつも四角い砂糖を取り出してはカップに落とす。波打つ茶色い液体は、恐らく紅茶というよりも砂糖水と言ったほうが正しい。初めて彼に紅茶を出されたときに盛大に噴出して以来、静雄がここに来るときにだけ、彼はこの壷を出してくる。透明な壷の中身はいつも、前に静雄が使ったときとまるで同じ減り具合だ。恐らくこの事務所の誰も砂糖を紅茶に入れたりはしない。静雄だけだ。思い出すたびに彼とこの壷と書類の山をまとめて写真に収めてしまいたくなる。傍らにずっと挟んで傍に置いてしまいたいのだ、彼の指も彼の頭も、ホチキスごとすべてを。

 時は必ず過ぎ去るものだ、今もやがては記憶になる。記憶すら薄れて遠くなるのなら、10年以上も繰り返してきた呪いのような憎しみさえも、こうして埋めて葬ってしまえるのなら。彼ごとすべてを絵の中に閉じ込めてその中でずっと動かずにいたい。

 臨也はめまぐるしく指を動かす。あれほど詰まれていた乱雑な書類は、数十の整った紙束にそろえられ机の上に重ねられていく。繊細な額と鼻筋、夜より暗い髪と虹彩、ほつれた髪のかかるうなじをなんとなしに見つめながら思う。
 穏やかな時を重ねて、いつか死を迎える日まで、このまま二人でいられるだろうかと。

 自然にそう願うことができる自分を、こうして再び静雄は見出す。

End.

三十路くらいで。

back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -