カクレオニ


※「深夜の書店」で登場人物が「恋する」、「ビール」という単語を使ったお話を考えて下さい。という診断が出たので書いたもの

 シズちゃん酔ってるでしょ。酔ってねえよ。息が酒臭いんだよ。てめえの鼻がおかしいんじゃねえの。第一こんなとこで何やってんの。てめえが見えたんだ。え?ドアん前でよ、空がぐるぐるすんなーって思いながら電柱見てたら、何か真っ黒いのが入ってくんだ。真っ黒いってだけで俺だって思ったの?んなわけねえだろ阿呆か。上も下もぜーんぶ真っ黒いくせして顔だけ白えだろてめえ。すぐわかんだよ。

 棚にはぞんざいに並べられた大きさもさまざまな本の束。まばらな客はほとんどが皺のよったスーツを着ている。店員はやる気のない態度を崩さずにレジに肘を突き、ぱらぱらと売り物のページをめくる。狭い店の奥の棚になど誰も視線をやりはしない。
 かびたインクの古い匂い、臨也はこれが嫌いではなかった。人の手を経て綴じられ、運ばれ、長い距離を旅して棚に並ぶ紙たち。デジタルの情報はあまり好きになれない。選り好みはしないが、人の口から直接伝え聞く物語のほうが好きだった。

 間近には酒臭い男のシャツ、その襟。だらしなくぶらさがった赤いリボンタイ。対照的に真っ黒なベスト、の襟元。鋭角的な細い顎、と、その上に続く濡れたくちびる。てめえはなんでそんな白黒なんだ。俺に聞かれてもね。黒が好きなだけだよ、黒になりたかった。

 ノミ蟲。
 なに。
 言ったろ。
 言ったね。
 待ってんだ。
 知ってる。

 ノミ蟲、と、乱暴に投げられた言葉を、名前と判ずる心がわずらわしい。自棄糞じみた自虐の気配、背け続けてきたまなざし。苦手な酒を浴びるだけ浴びてしか答えをせかせない、あまりに不器用な、不器用な男。誰もいない本棚の埃と塵の匂い、好きだったそれをかき消すような、鮮明に苦いビールの匂い。
 答えを言うのは面倒だった。代わりに目を閉じ、そしてせいぜい祈るのだ。この恋がどうか続かないようにと、無駄だと知ったその上で。わかりきっている、出会ったときから。逃げ続けて引き伸ばしてきただけだ。

 隠れ鬼はもう終わりだ。笛はとうに吹かれてしまった。
 捕まったままでいてもかまわないと投げやりに呟きながら、自虐的な恋を始めよう。

End.

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