ハウリング


 人気がないプラットフォームに二人で佇む。少し赤みがかった太陽が斜めの角度でホームを照らし、かすかに肌寒い風が間を通り抜けてゆく。静雄は小さなトランクを一つ脇に抱えていた。本当に必要なものなど実はごく僅かだ。持ち歩くべき大切なものなど一つもないし、あったとしたらたぶんとっくに壊れている。最低限の着替え、当面の金、それさえあれば生きていけるものだ。静雄にとっては死ぬことのほうが、生き延びることよりずっと難しい。
 始発を待つ駅の構内は朝の静けさに満ちていた。見るとはなしに隣の男を眺める。臨也は静雄よりもさらに軽装だ、というより何も持っていない。当たり前、といえば当たり前だった。

 がたごとと派手な音を立てて電車が滑り込んでくる。誰一人客のいない車両のドアが無機質な音を立てて開く。アナウンスに促されるままに乗り込む。一人だ。臨也はそのまま、そこに立っている。
 発車時刻までは5分ほどあった。席に座ってしまえばいいのに、できない。何もできずに彼を見ている。真っ白な皮膚の下に少し血の色が透けて見える。ドアの向こう、こちら。距離は五メートルもない。だが静雄はこのままこの電車に乗り、臨也はひとりでここに残る。
 誰かに置いていかれることはあっても、誰かを置いていくのは初めてだった。たぶんそのせいなのだ、居心地が悪い。言わなければならないと思う、何を言えばいいのだろう。罵声でやりとりが成立していたころは一度も思い悩まなかったこと。

 発車間際のアナウンスが流れる。臨也は動かない。静雄も動かない。まなざしで全て伝えられるほど二人は容易く分かり合えはしなかった。これからも、きっと。
 ドアが音を立てて閉じる。

 同時に背を向け立ち去ろうとする、その背中を見てようやく解った。
 動き出す電車のやかましい音に、ドア越しでも届けと祈りながら、叫ぶ。

「待ってろ!」

 はっと彼が振り向いた。電車がうなる。うなり声に負けないような大声でもう一度。

「待ってろ!戻ってくる!!」
 てめえのいるとこに。

 これだ。これを言うために彼をここまで連れ回したのだと、ようやく知る。
 流れゆく景色のかなた、彼の顔はもう見えない。それでも確かに静雄は、彼が笑むのを、しっかりと笑ってうなずいてみせるのを、視界に捉えることができた。
 置いていくからこそ、傲慢に告げる。待っていろと。必ず戻ってくるからと。どれほど時間がかかるかはわからないが、全てのことを片付けたら。

 もう一度彼と向き合いたい。今度こそまっさらな自分として。そのときはきっと、彼に残りの言葉を言おう。
 今のような大声で、世界のどこにも聞こえるように、吠える。

End.

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