瞬きと終える世界


 遊園地によ、なんかくるくる回るやつあんだろ、コップみてーな形してるやつ。あれに乗りてえ。せがまれたのは土曜も半分を回った夕方のころで、臨也は沸騰する湯に具材を投下しながら鍋を煮立てていた。料理ついでに生返事をしたのがまずかったのか、翌日の朝かなり早い時間に無理やり叩き起こされ、半ばぐったりとしながら電車に乗る羽目になってようやく事態を理解した次第である。

 いくら日曜の朝早く、人で混みあう遊園地の中だとはいえ、目的のアトラクションの周辺にはほとんど人がいない。ほとんど並ばずにカップに乗り込んで、今更ながらいたたまれない気分になる。周囲は当然のように男女の二人連ればかりで、男二人で狭いカップに乗り込む静雄と臨也はひどく目立っていた。視線が突き刺さってくるような気がして首をすくめる。低血圧の寝起き、本調子とは言いがたい体調を抱えながら如才ない笑顔で手を振るのには正直なところいささか疲れた。くるくるくるくる景色は回る。一瞬ごとに色を変える世界に、食べた物が胃の中からせり上がってくるような気がして口を押さえた。

 真っ青な顔をしてうずくまっている臨也に静雄は気づく気配もない。つくづく無神経な男だ、きっと奴には「乗り物酔い」という概念自体がないに違いない。せめてもの嫌味にと、できる限り皮肉っぽい口調で、何でこの年にもなって男二人でコーヒーカップなの、と聞いてやる。
 静雄はぼーっと回る景色を眺めていた。問いかけに反応するのも、半瞬ほど遅れた。そしてぼそりと、一人じゃんなとこ来れねえだろ、と返事をする。

 子供んころ、ドラマだかバラエティだかでやってたのをちらっと見たことがあってよ。そんころからずっと乗りたかったんだ、これ。だけどあの頃は、いろんなもん壊すのが怖くて遊園地になんか来れなかった。親とか幽は一緒に行ってくれようとしたけどよ、俺は自分が信用できなかった。いつブチ切れるか、いつ電柱だの標識だのを引っこ抜いちまうかわかんねえのに、事故が起こったら人が死ぬかもしんねえ場所でなんか遊べねえよ。
 少しはましになった、って思えるようになったのが、つい最近なんだ。もう一人じゃ遊園地になんか行けねえだろ、この年で。乗りてえと思っても、男一人じゃやっぱキツいしよ。
 けどよ、考えてみりゃ、付き合ってる奴と来んなら、別に問題ねえんだよな。

 静雄の口調は淡々としていて、だから危うく聞き逃すところだった。

・・・・・・・。は?

 我ながら間抜けな声だったと思う。当然のように発せられた言葉は正直のところ予想の範疇をはるかに超えていて、一瞬思考を完全に停止させた。
 いくら時間を体を重ねても、臨也は静雄との間にある「何か」に名前がつくことがあるなど一度も思ったことがなかった。あくまであれは喧嘩の延長線上、そのどこかで少しやり方を間違えてしまっただけのことで、自分たちが犬猿の仲以外の「何か」になりうるなどと考えたこともなかったのだ。静雄も当然のごとく、そう考えているものだと思っていた。
 だがどういうわけか今、臨也のくちびるは微笑んでいる。顔色を変えることもなく言い切った静雄に、彼にとってはずっと前から当然だったのだと知って喜んでいるのだ。

 まさか静雄に先を越されるとは。

 どうやら乗り物酔いは嘘のように吹き飛んだ。現金なことだ。病は気からと言うのは蓋し至言である。
 急に顔を上げた臨也に静雄は胡乱な目をする。だがそんなささいなことも、依然突き刺さる周囲の視線も今や全く気にならない。

 優秀な臨也の脳はせっせと、今日の残りを使ってこの遊園地をいかに静雄と回るかについて算段を立てはじめていた。


End.


タイトルお題はからすまさんよりいただきました。
ありがとうございます!


back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -