白い、白い、


(お/れ/つ/ばパラレル、若干モブイザ注意)

白い白い、彼のこの脚が憎い。

無防備にさらけ出された太股に歯形を残してしまいたい。覆い被さって首筋に噛み付いて、思うがままに邪魔な服を引き裂いて、言葉も何もないままに動物のようなセックスがしたい。臨也は静雄に体を委ねない、決してこの腕を求めない。
「・・・何見てんの」
振り向いた彼が億劫そうに言う。だから静雄も気だるく答えた。

「キスさせろ」
「嫌だね」

即座に返ってくる返事を、知っている。知っていた。
灰色のパーカーと黒の短パンだけを履いて、臨也は静雄のベッドの上に横たわっている。胸元にクッションを抱えてうつぶせに寝転ぶ姿は子供のようだが、横目に静雄を見つめてほんのわずか口角を歪める表情には、精神をぞわりと犯す色が滲む。同い年、のはずだ。少なくともその肉体は静雄と同じ年月しか年齢を重ねていない。精神、にいたっては、

「てめえ幾つだ」
「馬鹿じゃないの?日々也は君と同学年だろ」
「俺はてめえに聞いてんだ」
「ふーん?」

君は唐突だね、そう言って臨也はまた猫のように笑う。ベッド脇に座る静雄の顔すれすれにまで唇を近づけ、目を見開く静雄の唇に指を当てて「だーめ」と言った。

この体は俺のものじゃない、俺の勝手で好きにしていいものじゃない。
それが俺たちのルール。いつかは消える、俺たちの。

聞かされたのはいつのことだっただろう。

クラスメイトの折原日々也は学校内では変人として有名だった。何を言われても断らない、嫌がらない、へらへらしている、気味が悪い。教室の隅でいつも孤立している彼を、静雄自身あまり快く思ってはいなかった。彼には、自我が、ないように思えた。嫌なことは嫌だと、したくないことはしたくないと言えばいいのに、彼は何も言わない。

静雄はその力のために、まともな家庭環境にも友人にも恵まれなかった。かろうじていまだに付き合いがあるのは変態な闇医者の卵だけだ。家に居たって化け物に怯える親の視線とぎこちない空気に苦しむだけ、だから静雄は夜、街に出るようになった。池袋の空気を吸って自分はここに居るのだと実感することが、幸福だといつしか思うようになってしまった。

「折原臨也」に出会ったのは、静雄がほとんど家に帰らなくなり、夜の池袋で「自動喧嘩人形」の名が広く知れ渡るようになったころのことだった。
ひるがえる夜と同じ色のコート、すらりと細い背筋、嫌というほど見覚えのある顔の男は、まるで知らない甘ったるい匂いをして静雄の前を通り過ぎた。
直感的に、別人だ、と思った。肉体は「彼」のものなのかもしれない、だが入っている魂はきっとまるで違う人間だと。なぜなら匂いがまったく違う、日々也はこんな人口甘味料めいた、絡みつくような甘い香りを漂わせてはいない。

翌日、登校してきた彼は、どういうわけか昨日のあの甘ったるい香りをまだ漂わせていた。だから静雄は彼の腕を取り、そして確信をこめて聞いたのだ。
「てめえ、誰だ」




「どうせ慣れてんだろ」
初めて彼を押し倒したとき、静雄はぼそりとそう言った。言いながら傷つく自分を自覚していた。
実際「折原臨也」にはその手の噂が山のようにあった。トップの存在しない池袋ダラーズの実質上の代表であり、粟楠の幹部とも関わりを持ち、さらにはあれだけの容姿である。体を売って情報を得ているだとか、ダラーズのトップの愛人であるとか、数え上げればきりがなかった。
臨也は肯定も否定もしなかった。腕をひねり上げられ押さえつけられて、静雄との膂力の違いを誰よりわかっている彼はすぐに動くのをやめた。その様子にまた慣れを感じ取って静雄は絶望に唇を噛む。

だが、キスをしようと近づけた唇を、ちょうど今と同じように人差し指で押さえて、臨也は「やめて」と呟いたのだ。

ねえシズちゃん、俺たちの中にはね、五人の人間がいるんだよ。
奥底に眠る「サイケデリック」、彼は自分を捨てて諦めて、夢の中に閉じこもっちゃった。そして、代わりに「王子」の人格を作り上げたのさ。どんな痛みも感じない、無敵の王子様をね。

痛みを感じないのだから、嫌がることも拒否することも日々也には許されない。彼がどんな無理な要求にも唯々諾々と従っていたのにはそういう意味があったのだ。
日々也は自分が交代人格であることを知らない。知らないままに成長していった。だがいずれは限界が訪れる、人間である以上。
拒否したい本心と、拒否できない精神の齟齬は、やがて日々也の魂をさらに細かく引き裂く結果になった。

高校にあがるにつれ、日々也はますますヴァルハラに耽溺するようになった。自分はこの世界に転生してきたヴァルハラの王子だと、毎日向こうに『召喚』されては悪しきモノたちと戦っているのだと信じ込み、朝起きて高校に出席し、帰宅してすぐに精神世界に潜り込む日々。当然だがそんなことはありえない。彼が「召喚」されている間、この体には他の人格がいるのだ。夕方をつかさどる「八面六臂」、そして夜の騎士「折原臨也」が。



「・・・ねえ、シズちゃん」
腕の中に囲い込んだ臨也は、またしても小さく笑う。
「俺のこと、慣れてるって言ったね」
「・・・ああ」
「そういう風に見える?」
「・・・ああ」
嘘をついても彼はすぐに見抜くだろうから、正直にそう答えた。
「確かにね、俺たちのこの容姿はそういう類の男を惹きつけやすいらしいね」

俺の最初の記憶の話をしてあげようか。
脂ぎった手と、欲にまみれた視線と、声と。限界を超えた幼い日々也に呼び出された俺は、自分の名前もわからないままに男たちの手に押さえつけられた。
でも、わかっていた。生まれた意味と、自分が何者であるのか。

嫌がることを許されない日々也はそれからも同じことを繰り返し、そして彼の代わりに男たちの手を甘受するのは。
男たちを撥ね退けるための膂力と護身の術を身に着けるまで、長い長い年月をかけて。
そして彼は自分に名前をつけたのだという。

人間を見守るものであれ、預言者であれと。「臨む者」としての意味を込めて、「イザヤ」とつけたその名を、彼自身は存外気に入っているのだと笑った。

ねえシズちゃん、どうしてそんな顔するの。
君が傷つく必要なんてどこにもない、だって俺はそういう役割なんだ。俺たちは五人でひとつだから、俺が夜の役目をするのは仕方ないことなんだよ。誰かがしなくちゃいけない、それがたまたま俺だっただけ。
「シズちゃん」
今はもう俺も強くなって、そう簡単にはこの体に触らせてやることもなくなった。だってこれは借り物だからね、日々也の知らないところで勝手にさせてやるわけにはいかないじゃない?それにさ、俺がそれだけ強くなったからこそ、怯えもせずに君と向き合える、真正面から喧嘩ができるんじゃないか。

「ねえシズちゃん」
「・・・なんだ」
「泣かないで」

泣いてねえよ、と答えようとした声は、彼の唇にふさがれた。
「一度だけだよ、」
二度目はない。もう二度と、君とこうしてキスすることもないよ。ねえシズちゃん、俺に触らないで。俺のことを好きなら、愛しているんなら、ただ傍にいて、そしていつか諦めて。




白い脚が無防備に投げ出されたまま。静雄は噛み付くことのできないそれを、ただ意味もなく見つめた。
お互いに告げることは許されない、言ったこともない言葉が、ずっとこうして横たわっている。
だからこうして時折二人きりでいるとき、静雄は決まって彼に言うのだ。
「キスさせろ」
「嫌だね」
もう様式美と成り果てた言葉を、それでも二人は繰り返す。確かめながら、諦めながら、死んでいく言葉たちを静かに心の中で飼い殺すのだ。


back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -