12.

 翌日の朝。
 今にも次の島に着きそうな海域で、また大きな敵船の襲撃を受けた。
「敵襲―――――っ!」
 見張りをしていたウソップの声に全員が顔を上げる。
「あーあ、なんだってこんな時に・・・もう次の島に着くってのによお」
 ウソップが嘆くと、ナミがため息をついた。
「そういえば、このあたりの海域には大きな海賊団がいて、寄ってくる船を脅しては通行税を取ってるって聞いたことがあるわ・・・下手に島が大きいから寄ってくる船も多いし、荒稼ぎしてるんでしょうねえ」
 相手見て喧嘩売ってよね、と聞きようによっては傲慢な台詞を吐く航海士にクルーたちは笑った。相手にとっては残念だろうが、それが事実だ。こちらにとっては正直時間の無駄でしかないのだ。
「まあ、でも逆に言えば、こいつらさえ倒しちゃえばこのあたりの海域は安全よ。海軍も連中を恐れて近寄れないみたいだし、船番を置く必要もないくらいだわきっと」
「要するにだ。こいつら倒しちゃえば、皆で上陸できんだなー!?」
「・・・ま、そういうことね」
 相変わらずな船長に苦笑しつつ、ナミが答える。そのまま挑戦的に微笑んで、叫んだ。
「皆―!午前中のうちに片づけて、午後には上陸するわよー!」
「「「「「了解!!!」」」」
 全員の声が重なるとともに、巨大な海賊船がメリー号に船を横付けしてきた。



「それにしてもでっかい船だなあ・・・こないだのもでかかったけどさ」
 ウソップはしみじみ呟いて、「なあ、サンジ?」と隣で敵を蹴り飛ばす金髪のコックに話しかけた。サンジは曖昧に笑って「そうだな」と返す。彼の視線が船尾の剣士に向けられているのに気付き、ウソップは驚いた。普段は絶対にゾロの方を見たりしないのに、どういう風の吹き回しだろうか。
 いや、そう言えばさっきもなんか様子がおかしかったな、と考え直した。朝食を食べにキッチンに向かったら、あり得ないことにゾロが先に起きていて、サンジと話をしていた。それも口喧嘩でも罵り合いでもない普通の会話だ。いつもより少しだけ低めの声で交わされる淡々とした言葉に、何故か少し気まずいような気分になったのを思い出した。
 記憶をたどりながらサンジの横顔を見つめていると、右頬に突き刺すような視線を感じてはっとした。振り向くと、サンジ言うところのマリモ剣士が何故かやたら殺気のこもった視線でこちらを見ている。
「ぞ、ゾロ?どうした?」
 慌てて聞くと、「てめえ戦闘に集中しやがれ」というたいそうご立腹の言葉が返ってくる。思わず首を縮めると、隣のサンジがにやりと笑って叫び返した。
「てめえこそ戦闘に集中してんだろうなぁ、マリモ君?こっち見てる暇があったら目の前の敵をなんとかしたらどうだい?」
 あああお怒りのところをさらに煽ってどうすんだ、と内心焦る。このままだと戦闘中に仲間割れ発生か!?とおろおろしていると、何故かゾロが楽しそうに笑った。
「言われなくてもそうしてるぜ、このアホコック!!」
 てめえ怪我なんかすんなよ、後で面倒だからな・・・と続いたその言葉はまさか心配ですか!?まさか犬猿の仲のはずのサンジを気遣ってんのかこいつは!?その後、「チョッパーが大変だからな」と続いたその台詞はさすがに素直じゃないねえと苦笑せざるを得ないが、それでもこれはまぎれもない心配とか気遣いとかからくる台詞だろう。サンジもそのあたりは汲み取ったらしく、「馬鹿かてめえ」と罵り返しつつも、まんざらでもない様子だ。
 何なんだこの・・・ほんわかとした空気は・・・?
 いや、今は考えごとなどしている場合ではない、と慌てて思い直し、再び砲台に弾を込める。
「それにしても、こいつらさすがに統制取れてんなー、引き際が上手いぜ。めんどくせえ相手だ」

 せっせと相手の砲台を潰しながらぼやく。前の時と同じように、サンジの背の後ろには寝室に続く扉がある。これじゃまるっきりこの間とおんなじだ、ただぼやいてる人間は逆だな、と思ってウソップはなんだかおかしくなった。
「ああ、こういうの、たしか『車掛りの陣』っていうんだよな」
 ひと月前の戦闘で彼が教えてくれた単語を引き合いに出して笑う。何をそんな細かいこと覚えてやがんだと彼が笑ったら、しっかり覚えてたんだぞすげえだろと笑い返してやるつもりだった。
 ところが、サンジは。
「へえー、そうなのか。お前良く知ってんなー」
 と返してきた。
 あまりに意外な返答に、ウソップは言葉を詰まらせる。
 だってそれは、お前が教えてくれた言葉だろ・・・?しかもついひと月前に、だ。
 ぞっとしてわななくウソップには気付かない様子で、敵を蹴り飛ばしながらサンジはさらに続けた。
「それにしても、何で『車掛り』なんだ?変わった名前だな」
 ごくん、と唾を呑みこみながら、なるべく平静を装ってウソップは答える。
「同じ人間が何度でも風車みてえにくるくる回って現れてくるから、だ、そーだ」
「へーえ、言い得て妙ってやつだな」
「・・・だ、な」

 何でもないかのように返事をすることができた自分を褒めてやりたい。
 顔色が変わっているのが自分でもわかった。
 ひと月前に流暢にその単語の意味を語ってみせた同じ口で、まるで初めて聞く言葉であるかのような事を言う。しかも恐らくは、演技をしているわけでも、嘘をついているわけでもない。こんなことで嘘をついても何にもならないし、そもそも戦闘中にくだらない芝居を打つ理由がない。
 では、忘れてしまった、とでも言うのか。
 すっかり、完全に?



 まもなく戦闘は終了し、その日の昼前には船は次の島に着いた。
 この島のログがたまるまで三日。折り紙つきの治安のよさだとは言え、先の海賊団の残党が襲ってくる可能性も考えて一応船番は置いておこうということになった。三日分の船番をあみだくじできめることになり、ナミが七本の線を引こうとした時、サンジが「ごめん、ナミさん、俺今回は船番パスにしてくれ」と遠慮がちに言い出した。
「今度の島は大きいみたいだから、たぶん大きな市が立つと思うんだ。だから、これを機会に普段買う機会の無い珍しい香辛料とか時間かけて探してみたいからさ」
 それに米とか肉とか重量のある食材がもうほとんどないから買い出しの量も多くなるし、と言うサンジにナミも「それなら仕方ないわね・・・」と呟く。
「あら、でもそんなに買いだす量が多いんなら荷物持ちが要るんじゃない?」
 考えながら聞くナミに、サンジが「そうだね」と答える。
「あ、じゃあ、俺がやる!!」
 チョッパーが手を上げた。
「え、チョッパー、お前手伝ってくれんの?」
「うん!!俺荷物持ち頑張る、だから船番はパスにしてよナミ!!」
 元気よく言う小さな船医に、思わずナミの顔も綻ぶ。なるほど、船番したくないからサンジくんの手伝いをしてうまいこと逃げようというわけね。わかりやすい。
「いいわよ。その代わり、ちゃんとサンジくんのお手伝いするのよ?」
「うん!俺、頑張るよ!!」
 そう答えたチョッパーの口調には少々力が入り過ぎていたが、誰も気に留めなかった。また、一瞬の隙を狙ってサンジとチョッパーが意味深な視線を交わしたのに気づいたクルーもいなかった。
「それじゃあ・・・残りの五人であみだくじか」
 考え込みながら五本の線を引こうとしたナミに、ロビンが微笑みかけた。
「私が初日をするわ」
「え?いいの?」
 ナミがためらうと、ロビンは笑って
「少し調べたいことがあるの。手持ちの本を読み返してみたいのよ」
 だから気にしないで、と言った。
 ナミは少し考えて、「それなら私も、初日は船に居ようかな」と言った。
「読みたかった本もあるし、ショッピングも一人じゃつまらないし」
「あら、悪いわね」
「気にしないで。二日目に付き合ってくれればいいわ」
 微笑みあう女性陣。結果、初日の船番はナミとロビンの二人ということになった。
 残りの三人でくじ引きをして、二日目がウソップ、三日目がルフィと決定。どうせゾロは船番に間に合うように船に帰ってこられないだろうから、ちょうどいいだろうと皆が頷き合った。

 チョッパーを連れてサンジが船を降り、他のクルーもそれぞれ上機嫌で島に下りていく。ウソップも下船し、島の街で様々な武器屋を覗きながら、難しい顔をして先ほど感じた違和感を必死で追っていた。
 ・・・おかしい。あれほど印象的な単語で、しかも流暢にその意味と由来を語ってみせたのに。ましてや自分に話したことすら覚えていないなんて。すっかり忘れてしまったとでも言うかのように。
 忘れた?
 はっと立ち尽くした。
 暇さえあればノートに書き込みをしていた。大事なことはメモを取っていた。いつ見ても繰り返しノートを読み返していた。まるで何かを確かめるように。記憶をなぞるように。
 もし、誰もいないキッチンで眠りつづけたのは、一人で朝を迎え、誰も目覚めないうちにノートに書かれた内容と自分の記憶を照らし合わせる作業を行うためだったのだとしたら。
 もし、鍵までかけてノートを読ませまいとしていたのは、その中に他のクルーに読まれてはまずいことが事細かに書かれているためなのだとしたら。
 戦慄が背筋を駆け抜ける。
 もし、そのきっかけがひと月前の、あの戦闘で後頭部を撃たれたことであるなら。
 彼はこのひと月ずっと、誰にも悟られないよう神経を使いながら失われていく記憶と戦っていたのか。
 必死に船に掛け戻る。
 サンジはきっと買い出しに行っている。今戻ればおそらく船に居るのはナミとロビンだけのはずだ。
 甲板に腰掛けて本を呼んでいたらしいナミを見つけて、大声で呼んだ。
「ナミっ!!」

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