生まれた時から一緒にいた幼馴染が、四年前に引っ越した。友達が少ない私の、たった一人の親友。いじめられて泣いてばかりいた私を救ってくれた、優しくて強い女の子。また会おうね、そう約束して引越していった親友は、それからすぐに音沙汰がなくなってしまった。彼女の引越し先は三門市だった。
「無敵のヒーローになりたかったからって、本気で語ったの?」
「本気で語りましたよ」
「よく受かったね」
「……トリオン量と犯罪歴さえ問題なければ大体の人は受かりますよ」
「いやいや、人格も大事だって」
「私の人格に問題があるって言いたいんですか!」
迅さんに食ってかかると、カラカラ笑いながらいなされた。バカにしやがって。私は本気で思ってるし、言った。面接官がちょっと引いていた気もしたけど、志望動機なんてほかになかった。
ただの女の子のままじゃあ、大切な人を守れない。だから、私はヒーローになると決めたんだ。
「で、なれた?無敵のヒーローにはさ」
「……迅さんマジウザい」
「おいおい、悲しいこと言うなよ。迅さん泣いちゃうぞ」
「大人の余裕みたいなの振りかざすのやめください。未成年のくせに」
「先輩に向かって何だその口の利き方は」
「急に先輩面するのもやめてください!」
まだまだ無敵のヒーローは遠い。A級には何とか上がれたけれど、私より強い人はたくさんいる。この人とか、太刀川さんとか、勝てる気がまるでしない。私がヒーローになれる日は果たしてくるのだろうか。
「無敵のヒーローってさ、強さだけでなるもんじゃないと思うんだよね」
「どういう意味ですか?」
「んー、敵を倒すんじゃなくて、仲良くなって敵を味方にするとか。そしたら無敵だろ?」
「それ、戦って勝つより難しくないですか」
「難しいね」
でも、簡単になれるもんでもないだろ、ヒーローって。という迅さんの言葉に納得して頷く。そりゃそうだ。そう簡単にヒーローになれるんだったら苦労しない。
敵を味方に。私は、私からあの子を奪った、あの子から全てを奪った敵を、味方にすることなんてできるんだろうか。もし、私がそれをしたら、あの子はどう思うんだろうか。
「私は誰かを守るためにヒーローになりたいわけじゃないんです」
「そう」
「全部自分のためなんですよ」
ずっとずっと憧れていた、大好きだった。私を守ってくれた、あの子みたいなヒーローに、いつか自分もなりたいと願っていた。そんな願いはいつしか形骸化して、今はもうあの子を思い出すための手段と成り下がってしまった。
たった一人の親友だったのに。私はあの子のことを忘れていっている。それがどうしようもなく怖かった。
ヒーローにならなきゃ、あの子を忘れないように。
「別に、そんなヒーローが一人くらいいてもいいんじゃない?」
「テキトーですね」
「戦う理由なんて、人それぞれだと思うし」
「…迅さんは……迅さんの戦う理由ってなんなんですか?」
「俺?」
未来が視える、うえに、恐ろしく強い。迅悠一は、神様みたいな人だ。この人なら本当に、無敵のヒーローになれそうな気がする。
あの子とは全然違うけれど、迅さんは私の中で彼女に一番近い人だった。
「俺は、俺にできることをできるだけやってるだけだよ」
「……なんかそれ、カッコつけすぎてません?」
「えっ、カッコよくなかった?」
「うーん……」
「そこは迅さんカッコイイ……きゅん、だろ〜」
「うーん……」
迅悠一は、私の大切な幼馴染ではない。あの子とは似ても似つかない、男の人だ。それなのに、なぜだろう。この人にあの子の面影を探してしまう。
「大丈夫だよ」って言って笑う顔が、まるであの子みたいで、息が止まりそうになる時が、たまにある。
「大丈夫だよ」
「……」
「お前がヒーローになれるまで、俺がしっかり代わりやっといてあげるから」
ほら、まただ。頼れる迅さんの、頼りない言葉にすがりたくなる。ダメだ、ダメだ。この人で、あの子の代わりを埋めるなんて、ダメだ。私がヒーローにならなくちゃ、あの子を忘れないために。あの子に「よく頑張ったね」って言ってもらうために。
「迅さんは、ヒーローには向いてませんよ」
「うわ、ひどいなあ」
「そういうのは、嵐山さんとかの役回りでしょ?」
「はは、確かに」
「それに、すぐ追いついてみせますから。迅さんより強くなってヒーローになるのは私です」
私は、彼女に似ているから迅悠一を好きなわけではない。迅さんが迅さんだから、慕っているのだ。だから、そういう意味でもあの子の代わりなんてしてほしくない。誰の代わりも、しないでほしい。
時間は進むたびに私の中の大切なあの子を薄めていく。守りたいものが増えていく。迅さんだって、もうとっくに私の中では大切な人になってしまってる。今度はもう大丈夫。きっと、私の手だって届くよ。
「だから、心配しないでください」
心の中で大事に大事に、あの子の名前を呼んだ。
20150126
正義の二人