「ゆーうきくん、あっそびーましょー」
「今は忙しい」
「冷たいなあ、もう」
せっかく正月に帰ってきてるのに、私のことほったらかしで詰将棋ですか。たのしいですか。それ、私より大事ですか。
結城哲也はもともとマイペースな男であるから、こんなふうに私のことをないがしろにすることが結構ある。キリッとした顔で碁盤とむきあう幼なじみにムカつきながら、その広い背中によりかかる。
「キーッ!正月しか帰ってこないくせに、その正月ですら私にかまってくれないのね!」
「すまん」
「口だけの謝罪はいらん!」
ぎゅうぎゅうと、頭を哲也におしつけて、思い切り体重をかける。私がこんなに密着しても、こいつは顔色ひとつ変えない。いくら幼なじみつったって、今年はもう大学生だ。こんなの、いい大人の、男女の、距離感じゃない。
結城哲也は鈍い男である。
不満を表すようにアゴをしゃくっていると、背中からアゴをしゃくるな、という声が飛んでくる。…見えてないのになんで分かるかな。
「重いな」
「テツくんがいない間に成長した」
「横にか」
「いいかげんデリカシー覚えて」
「すまん」
「……謝るくらいなら、こっち見てくれたっていいのに」
高校三年間、哲也は一度もこちらを見なかった。その視線の先には、野球しかなかった。もっと色々、人生にはたくさんたのしいことがあるのに、なんでそれしかない、みたいな顔すんの。さみしいじゃん。ちょっとくらい私のこと気にしてくれてもいいじゃん。
何年もほったらかしにされたら、さすがに幼なじみだって、縁が薄れちゃうでしょうよ。
「分かった、中断しよう」
「!ほんと!」
「ああ、初詣でも行くか?」
「いやだ!」
「相変わらずインドア派だな」
「一緒にみかん食べよう。おかあさん!みかん!」
「さっき汁粉を食べたばかりだが」
「いらないの?」
「いる」
まあ、ほったらかしにされたって、会えばこうして、とてもたのしいんですけど。お正月だけは帰ってきて、私のうちに遊びに来てくれる。幼なじみなだけあって、お父さんともお母さんとも仲良しだから、ふたりとも喜んで哲也をもてなす。それが毎年、うれしくて、たのしい。
どんどん背が伸びて、背中も広くなって、びっくりするくらい毎年たくましくなっていく哲也に、おいてけぼりにされたみたいで、切なくもなるのだけど。
「むくの下手だね〜、やってあげようか?」
「大丈夫だ」
「なんでそんなみかんの皮ちいさくちぎっちゃうの?」
「勝手にちぎれるんだ」
「え〜不器用」
「うるさい」
手先が不器用なのは、むかしから。マイペースなのも、鈍いのも。今年は去年より、一昨年より、哲也と一緒にいられるだろうか。ふあんだ。これ以上、遠くに行かれてしまうと、私じゃあ手が届かなくなりそうで。
哲也のとなりにピッタリとくっつく。お母さんは台所、お父さんは哲也のうちに行ってしまった。だれも見てないから、問題ない。
「動きずらい」
「邪魔してんの」
「……重い」
「私の愛が?」
「確かにそれも重いな」
「……ははは」
意味もわからないくせに、ノってくるんじゃない。なんか、一気にむなしくなった。好きなんだけどなー、伝わんないよなー。何十年越しの片思い。今年もよろしく。ははは、笑えねー。
哲也から離れて、ばたりと床にたおれる。カーペットあったかい。心はさむいけれど。
「哲也には一生みかんの皮がうまくむけない呪いをかけた」
「何だそれ、怖いな」
「呪いだもん」
「みかん、もう食べないのか」
「んー、あげる」
「いらん」
「哲也ならいける」
「好きじゃない」
「…毎年食べてるじゃん」
「それはお前が毎年食べようと言うからだ」
「えっ、じゃあなに?毎年きらいなのに食べてたの!?」
倒れこみながら哲也の顔を見上げると、やつはみかんを食べながらうなづいた。当たり前みたいに食べるから、好きなのかと思ってた……。びっくりして、哲也の顔をじっと見てると、手を差し出された。起き上がれ、ってことか。
「なにそれ言えよ〜〜〜」
「すまん」
「きらいなら断ればいいでしょ、ばかなの?そんなんで大丈夫なの?なんで言わないの?」
「お前が好きだからだ」
「…は?」
「みかん、好きだろう?だから言わなかった」
「あ、ああ、みかん……みかんね……」
「どうした」
「うるっさいよ、あほ、ああああ」
なんだよ、一瞬ドキッとしちゃったじゃんよ。へんな言い方すんなよ。ふたたび床にたおれる。だいたい、私がみかん好きなのと哲也関係ないじゃん。なんでそんなとこ私にあわせようとするの。天然か?あ、天然だったわ。
「また寝っ転がるのか」
「つかれた」
「疲れてない」
「なんであんたが否定すんの。私の疲労だぞ」
「…顔が見えない」
「はあ」
「寂しい」
「はあ…あ?」
「お前がくっついていないと寒い」
何じゃそりゃ、って思いながら、顔を手で覆った。さっきまで将棋に夢中で私のことないがしろにしてたくせに。さみしい、とかこっちの台詞だし。哲也のくせに何言っちゃってんのって感じだし。私の気持ちもしらないくせに。うっかりときめいたわ。
世間の幼なじみ事情はしらないけれど、身内でも恋人でもない男女は、ふつうくっついたりしないんですよ。そこんとこわかってますか。わかってないですか。わかってないですよね。ですよね。
「私のほうが、寂しかったよ」
「すまん」
「そう思うなら、今年は」
「……」
「……何でもない」
「今年は、もっと会えるように時間を作る」
「……」
「多分」
「期待しないよ、私。信用もしないよ!私!」
「まずは信用回復のために善処する」
「そうして!」
わかってるのかわかってないのか、どっちかといえば、多分わかってないのだろうけれど。哲也がむいたみかんを私に差し出してくるから、それをパクリと口に入れる。甘くないし、なまぬるい。まるで私たちみたい。
好き、好きだ、ばかやろう。私に、高校三年間彼氏ができなかったのも、野球部の試合を観に行ってばかりいたせいで日に焼けたのも、ふとったのも、ぜんぶ、ぜんぶあんたのせいなんだから。
「重いほうがいい」
「何が」
「愛も、体重も。たくさんあったほうが、嬉しい」
20150104
くらげの名前