赤葦くんはいつだって私の意思を尊重してくれた。ひとの嫌がることはしないし、いつも紳士的だし、年下とは思えないくらいに落ち着いてる。
すごいなあ、っていつも思っていた。面倒くさい木兎の面倒もきちんと見ていて、どうしてあんなに理性的でいられるのだろうと、ずっと思っていたのだ。

「ごめんね、手伝ってもらっちゃって……」
放課後がはじまる前になんとか備品整理を終わらせてしまおうと、昼休みに体育倉庫で仕事をしていたら、どこからか聞きつけた赤葦くんがスケットにきてくれた。誰にも言ってないのに、どうしてわかったんだろう。そう聞いたら、はぐらかされた。赤葦くんには秘密が多い。
「いえ、暇だったので」
「そっか、いやー助かるなあ」
「よかったです」
「あ、でも赤葦くんお昼食べた?」
「早弁しました」
「えっ赤葦くんでも早弁とかするの!」
「……先輩は俺を買いかぶりすぎなんじゃないですか」
なんとなく、私生活もしっかりしているようなイメージがあって、びっくりした。優等生だから、早弁とかしないかと思ってた。でも、赤葦くんは意外とよく食べるからなあ。すぐにお腹が空いてしまうのかもしれない。
壁にある棚の、上の方の段ボール。古いネットやらなんやらが入ったそれも処分してしまわなければと、脚立に足をかける。む、ちょっとグラグラしてるかも。
「ご、ごめん赤葦くんちょっと押さえててもらっても」
いいかな、と言う前にぐらりと脚立がかたむいて、私は慌てて手を伸ばした。なんとかバランスを取ろうとつかんだのは、ネットの入った段ボールで、なんの支えにもならないそれと一緒に、私は背中から床に向かって落ちていく。あ、これヤバいやつ。
「っと……大丈夫ですか!?」
「……」
「あの、聞こえてます……?」
「……」
あっという間に脚立から体が離れて、気が付いたら、マットの上に背中から落ちていた。あれ、なんでここにマットが?私が予想していた落下地点よりずれた場所に落ちたのかだろうか。あれ、でもなんで天井と一緒に赤葦くんが?あれ?
そういえば、落ちているときに、誰かの手が、私の体を引っ張ったような……。というか、私がもってた段ボール箱はどこに行ったんだ?
「あっ赤葦くん!ごめん!落ちた!」
「知ってますけど」
「ごめんね、大丈夫?痛いとこない?」
「…こっちのセリフですよ」
「ごめんね!?」
背中はマットで、覆いかぶさるように赤葦くんがいる。私の周りには古いネットが落ちているから、段ボール箱からかばってくれたのだと思う。私は大事な選手に何てことを……!
すこし身体を起き上がらせて、赤葦くんの背中のあたりをさする。だ、段ボール箱当たったかな……ケガとか大丈夫かな……。
「ちょ、先輩」
「ど、どっか痛い?」
「そうじゃなくて……近いです」
「…はっ!」
赤葦くんの背中に腕を回しているため、上半身は密着している。足の間には彼の膝があって、これってかなり、かなりあれな体勢なんじゃ……!?
びっくりして腕を離せば、支えをなくした上半身が赤葦くんから離れて、またマットとくっついた。離れても、近い!
「ご、ごめん……」
「別にいいですけど」
「…あ、なっなんかこれ、赤葦くんに押し倒されてるみたいだね……」
「……」
な、何を言ってるんだ私はー!!
思わず率直な感想が口から飛び出して、あわてて、口を押さえた。失言だ。赤葦くんもびっくりしたみたいに目を見開いてる。顔から火が出そうとは、このことだと思った。
私のミスにも関わらず、赤葦くんに迷惑をかけているのにも関わらず、こんなふうに近くにいることにドキドキしているなんて、おこがましいにも程がある。少女漫画みたいだな〜〜とか、どんだけ能天気なんだ私は!
「……先輩はそそっかしいところがありますから、もしかしたらこういうことになるかもしれないと思ってました」
「ええ!?」
「思ってたというか、ぶっちゃけ、こういう展開を期待してました」
「えええ!?それ、は、どう!、え?」
「ああ、下心もなしにわざわざこんなこと手伝うと思ってましたか?」
何、何の話!?期待とか、下心とか、どういうことだ?顔の横にある赤葦くんの片方の手の指が、私の投げ出された指とからむ。ぐっと、膝の位置も深くされてしまった。頭が、沸騰しそうだ。
赤葦くんに、そんな頼りない先輩だと思われていたことにもショックを受けたけれど、それ以上に視覚や聴覚や触覚から感じる赤葦くんにドキドキしてしまって、それどころじゃなくなってしまった。
「赤葦くん……?」
「言ったじゃないですか、先輩は俺を買いかぶりすぎですって」
「頭うった、とか、じゃなくて?」
「…はあ」
呆れたようなため息も、聞きなれていたはずなのに、近すぎる距離のせいでむだにセクシーに聞こえてしまって、また訳が分からなくなる。
きゅうん、と情けない効果音が出ているに違いない。それくらい今の私は赤葦くんにヘロヘロにされている。私って、こんなにときめけたんだ、と自分のポテンシャルにびっくりするくらいだ。
「触ったらどんな感じなんだろうとか、どんな顔をするんだろうとか、どんな声を出すんだろうとか、そんなことばっかり考えてました」
「そ、そんな卑猥なことを……クールな顔で」
「嫌われたくなかったんで」
「……た、たとえ赤葦くんが、すごい、その…スケベでも、嫌いには、ならないと思うよ」
「それ、この状況で言いますか?」
ギラリと輝いた目にびくりと肩が揺れる。ひとの嫌がることをしない、紳士的で、落ち着いてる。そんな赤葦くんでも、こんな顔をするらしい。そのうえ、真面目で優等生な赤葦くんなんて、最初からいなかったらしい。私はさっくり騙されていたようだ。だって、目の前にいる人は、ぜんぜん、理性的なんかじゃない。

20141230
domino