「大嫌いだよ」
きらいなものと、すきなもの、どっちが多いか聞かれたら、どっちもどっちだと答えると思う。世の中にはたくさんのものがあふれていて、おそらく、きらいなものとすきなもの、五分五分になるようにできているのだろう。何とも不思議だけれど。
「だ、大嫌いって私のこと?」
「うん」
「……」
凹んだ。隣で分かりやすくショックを受けているのは幼なじみの女の子だ。なんでもすぐに顔に出す、すごく扱いやすいようですごく扱いにくい子。
幼なじみなんて、耳あたりのいい言葉だってきらいだ。それはただの境界線だ。それ以上にもそれ以下にもなれない。一緒にいればいるだけ、遠くなる。なんて、面倒臭いんだろう。
「夜中に俺の部屋に来るの、やめて」
「……ごめん」
「うっとおしい」
「ごめんねって」
「明日も部活あるし……」
「ごめんって言ってるのに…」
いくら幼なじみとは言ったって、俺は男だし、君は女の子なんだよ。今さら、言ったってわからないんだろうけど。
ぶちぶち文句を言ったって、改善は見られない。何度目だろう。こんな夜更けに彼女が俺の部屋を訪れるのは。
仲のいい友達とケンカした、クロにからかわれた、親に怒られた、いろんな理由を並べ立てるけれど、そんなことはいつだって、どうでもいいんだ。
「研磨は私のこと嫌いかもしれないけど、私は大好きだからね」
「うっとおしい……」
「二回目だよ、それ」
「二回も言わせないでよ」
「ひどい」
「そう思うなら帰れば」
「いやだ」
かわいい、とか、さわりたい、とか思ったことはあんまりない。…つまり、ちょっとだけなら、ある。幼なじみの女の子に抱くような気持ちじゃないんだろうことは何となくわかる。たぶんこれは、下心というやつだ。
一緒にいると、居心地が悪くて、安心する。変だ。矛盾してる。横目でチラリと見た彼女は鼻歌でも歌い出しそうなくらい上機嫌で。何がそんなに楽しいのかちっとも分からない。
「また、髪染めるの?」
「…そのうち」
「私は黒もいいと思うんだけどなあ」
「俺の勝手でしょ」
「それはそうだけど」
髪に触れてくる手は払えない。
たとえば、俺が呼べばすべてを放り出して俺のところに駆けつけるところ。たとえば、バレーしてる俺を見ると、嬉しそうに笑うところ。たとえば、たとえば。
そういうとこが、ぜんぶ嫌いだ。…なんて、自分にさえ、くだらないウソをついてしまう始末。どうしようもないな。
「ねえ」
「なあに、眠い?」
「ちがう」
「あ、そう」
「大嫌いって言ったの、本当だと思う?」
「…えっ、ウソだったらいいなとは、思うけど」
「そう」
俺は、本当だったらよかったのに、と思うよ。君のこと大嫌いになれたらいいのに。
いくら大嫌いだって言っても、考えても、隣に来られてしまうと、そんな予防線ははじめからなかったみたいに消えてしまう。
「ねえ、やっぱりもう来ないで」
「なんで」
「もしかしたら、ムラっとして酷いことするかも」
「け、研磨が……?あの、淡白の代名詞の研磨が……?」
「俺のことそんなふうに思ってたの」
新事実におどろきながら、彼女の頬にふれると、あたたかくて、またおどろく。
一度触れてしまうと、歯止めがきかなくなりそうで、こわい。ねえ、俺は男で、君は女の子なんだよ。淡白だなんて冗談じゃない。そりゃあクロたちみたいにオープンなわけではないけれど。それなりに、そういうことだって考えるし、…するし。
「俺はずっと言ってたからね、もう来るなって」
今さらおどろいた顔したって、おそい。大嫌いだって言って、とおざけようとしていたのに、予防線だって張ってあげていたのに、守らなかったのは、君なんだから。
20141225
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