雛河君とはしゃべるな、と言われていた。なぜなら、彼はコミュニケーション能力に大きな問題を抱えており、私もまた、別の問題を抱えているからである。周りを不幸な気持ちにさせるから、なるべく接触を控えるように、と言われていた。嫌味で。しかし、それを咎める口うるさい仲間はもういない。
三係に所属していた私は、先日珍しく風邪をひいた。今時、体調管理もできないのかと、ものすごく怒られた。復活してみれば、三係は誰もいなくなっていた。あれー?


「私が風邪をひいているうちに、みんな死にました」
「う、うん…」
「ど、どうしよう、これから私一人で…一人で三係?」
「それは、ないと、思う。別のとこに、配属」
「一番ポンコツが生き残っちゃったよお、申し訳ないよお…」
こぼれる涙を止めることはできない。私の問題は、これだ。すぐに泣いてしまうこと。悲しくなくても、感情が高ぶると止まらなくなる。以前、人をイライラさせる天才だと言われてしまったこともある。その時も泣いた。
「ポ、ポンコツじゃ、ないよ」
「フォローありがとおございます…」
「僕のほうが、ずっと、役に立たない、から」
「仕事できる部下だって、常守監視官さんがっ、ひくっ、言ってたよ…よかったねえ…」
「ほ、ほんと…?」
「私仕事もできないいいどうしよおおおおあああああ」
一人でなんかこう……ホロ?作成?みたいな未来のやつ……とにかくすごい大変な仕事をやったとか、やってないとか。お手柄をあげたことは、宜野座さんから聞いている。最近の宜野座さんは、あ、いや執行官になってからの彼は、私にも優しい。ちょっとだけ。前はめちゃくちゃ怒鳴る怖い人だった。
「おい、さっきからうるさいんだが。って、また泣いてるのかお前」
「ぎぎぎ宜野座さんっ、ごめ、ごめんなさいうわあああん」
「ご、ごめんなさい….」
「なぜ雛河まで謝る」
噂をすれば、何とやらである。宜野座さんに迷惑をかけてしまった。それもそうだ。なぜなら、ここは三係の私がいるべき場所ではない。全面的に、一係にきて泣き喚いていた私が悪いのである。でも、だって、だれも私の話聞いてくれないから!雛河君しか聞いてくれないから!
「なんでここにいるんだ?配属されたのか?」
「ちがいます…嫌な顔しないでください」
「辛いのはわかるが、雛河の仕事の邪魔だ。散れ」
「うわあああん宜野座さん冷たい、ですよっ」
「そんなんだからお前周りから鬱陶しがられるんだぞ」
わ、わかってるけど、治らないんだ、仕方ないじゃないか。私だってこんなに情緒不安定じゃなければ、まともに生きられたはずなんだ。それなのに、数値は安定しないし、色相は濁るし、執行官の適性は出るし……。散々だ。どこらへんが適性なんだ。教えてくれ。
「お、おちついて……」
「うっうっ、うっ、雛河君……ごめんなさい、邪魔して……帰ります……」
「気に、しないで」
「…配属されるなら、一係がいいなあ」
常守監視官さんはやさしいし、雛河君もやさしい。ただ、あの新しい監視官さんと、東金さんはちょっと怖い。それに、狡噛さん、もういないしなあ。狡噛さんは、怖い顔だったけど、意外といい人だった。それに、とても優秀な人だった。
征陸のおじさんもいい人だったし。あ、縢君も。まあ、いなくなっちゃったけど。
いなくなってしまうのは、いつも私よりずっと優秀な人ばかりだ。
「俺はごめんだ」
「なっなんでそんなこと言うんですかあ」
「そういうところが面倒だからだ」
「うえええ付き合い長いのに全然仲良くなれないよおおお、ゲホッオエッ」
「あ、み、水…」
「まったく…ずっと泣き叫んでるからだ」
雛河君から水を受け取りそれを喉に流し込みながら思う。宜野座さん、丸くはなったけど優しくはなってない。さみしいなあ。帰ってきてくれないかなあ。狡噛さんも、征陸さんも、縢君も、三係のみんなも。三係の人は、性格はまああんまりよくない人ばっかりだったけど、仲間外れにされたり、罵倒されたり、鬱陶しがられたりしたけど、それでも、仲間だったのに。
「だって、常守監視官さんのそばにいれば、みんなの仇がうてる気がするんです」
「仇討ちなんて、中々仲間思いなんだな」
「そ、そりゃあ仲良くはなれなかったし、無視されたり、仕事押し付けられたり、色々ありましたけど、一人にされるくらいなら、一緒に死にたかったというか…その、故、三係の皆さんへの恨みも含めて私がその犯人を逮捕してやりたいと言いますか…」
「お前の色相が濁る意味が分かったよ」
「しみじみ言わないでくださいっ」
おなじ執行官なんだから、色相のことは引き合いに出さないでもらいたい。ごしごしと涙がにじむ目元を拭って、鼻から息をぬく。がんばらなくちゃ。もう私は一人ぼっちになってしまったのだ。いつまでも泣いてばかりじゃいられない。まあ、この程度のことで私の涙腺が正常に戻るなら、とっくに社会に戻れてるから、無理だろうけど。
「雛河君、ありがとう、話聞いてくれて」
「う、ううん、僕は、何にも」
「君がいてくれるだけで、私は助かってるよ……ぐすっ、二人は、死なないようにがんばってください」
「物騒なこと言うな」
「正直、宜野座さんは手が取れた時死んだと思いました……よかったです、生きてて」
「オイ」
「雛河君、私、ポンコツで仕事できないし、コミュ障だけど、がんばる。一人でもがんばる」
「う、うん」
だから、みんなどうか、これ以上いなくならないで。すぐにかき消されてしまいそうな淡い願いは、きっとどこにも届かない。分かっていても、涙は出るし、祈ることをやめられない。
ぬぐったはずの涙が、また一筋、流れた。きっと私は、私だけは、また、死ねない。

20141124
ぼくだけ泣いてる