「バカか」
どうして自分の体の状況くらい把握できない。ただの風邪でだって、注意力は低下するし体は重くなる。菌が頭までまわれば死ぬ。
「無茶はしろ、無理はするな、って言われてるでしょ」
「そのお説教、いま聞かなきゃだめ?」
「…バカ」
ヘラヘラする御幸の額に冷えピタを勢いよく貼る。いや叩きつけたといったほうがいいだろうか。こっちは真面目に心配しているのに、その好意は伝わっていないらしい。いつもそう。野球しか見てないし、興味もない。バカである。
辛いなら辛いと言えばいいのに、わざと茶化して笑うから腹が立つ。本当にバカである。
「体温計、出して」
「ん」
表示された数字は平熱から2℃ほど高いもので、思わず顔をしかめる。こんな状態で体育にまで出るなんて相当きついはずなのに。
学校から強制送還された御幸は自室のベッドに寝かせた。自室というのは、御幸の部屋という意味である。
「あー、かったる」
「だろうね」
「関節いてー」
「我慢」
なんで私が御幸の看病をしなければならないんだ。そう思ってはいるのだが、どうしても放っておけなくてつい要らぬ世話まで焼いてしまう。
本来ならば立ち入り禁止の野球部の寮にはなぜかすんなり入れた。沢村君たちの手引きらしい。なんでも御幸に恩を売りたいだとかなんとか。そんなことに私を利用しないでほしい。
「冷てーな、俺のために寮まで来ちゃうくせに」
「……黙って寝ろ」
「お前のそういうとこ本当可愛い。何、俺のこと好きなの?」
熱でテンションがおかしくなっているのか、ベラベラと早口でまくしたてる御幸に目を丸くした。こいつに可愛いとか言われたのは初めてだ。菌が頭にまで回ってしまったのだろうか。
聞こえなかったふりをして、ビニール袋の中からミカンを取り出す。たまたま実家から送られてきて、たくさんあったので持ってきたものだ。
「何で無視すんの」
「うるさい、ミカン食べる?」
「食べる」
のそりと起き上がった御幸を横目で確認しながらミカンの皮をむいていく。あんまり甘くはなさそうだ。白い筋はとらないほうがいいと聞いたことがあるのでそのままにする。
「むいてくれんの?」
「え?うん」
「……ずっりいよなあ、ほんと」
御幸がまたボフンとベッドに倒れた。冷えピタを貼ってメガネをとった御幸はなんというか、いつもより頭が悪そうに見える。無防備というか。
何がずるいんだか、と思いながらミカンを向く作業を続ける。
「そんな優しくされると、好きになっちゃうんだけど」
「………バカなこと言ってないで、ミカン食べれば?」
「はっはっはっ、言葉と顔があってねーよ」
わざわざどうでもいいやつのために、寮まで来て看病なんてするわけない。ミカンをむいてあげるはずはない。御幸が心配だからわざわざこんなことまでしているのだ。
でもそれをあけすけに言うだけの勇気はない。
「食べさして」
「調子乗んな病人」
「好き」
「…熱で頭がおかしくなってるんじゃない」
「そうかもな」
「……」
「でも、好き。なんかすっげー好き。チューしたい」
私にまで熱が移ってしまったみたいだ。何だか顔が熱くてしょうがない。御幸は熱で浮かれてるだけ、そう思ってもこんなふうに言われたらちょっとドキッてしてしまう。
とりあえず御幸のためにむいたミカンを半分に割って口に入れた。なんだかときめいたのか腹が立ったのか、よくわからない心境だ。
「あ、口移し?」
そんなわけねーだろ、ばか。ほんとばか。甘ったるい笑顔で、あからさまに期待してます!って顔をした御幸の口に残りのミカンを詰め込んだ。
沢村君たちは、御幸がこんな……こんなんだとわかっていて私を送り込んだのだろうか。いや、あの一年生投手たちには男女のそういう……のはわからないだろう。鈍そうだし。あっ、小湊君か!小湊君か!?
「かえる」
「えっ」
「薬、ちゃんと飲みなよ」
落ち着け、私。そもそも好きとか好きじゃないとかそういうのは置いといて、ただ単に御幸が心配でここに来ただけだ。野球以外のことには無頓着だし、一人部屋だっていうし、野球部の人たちにまともな看病ができるとも思えないし。
自分に下心なんてなかったはずだ。それなのに、私は何を期待している?ばかか?
「まだいろよ」
「寝て、いいから寝て」
「いやだ、お前が帰るなら寝ない」
「子どもかテメエは」
「そばにいてくれ」
「……」
「チューしたりしねえから」
「…ほんとさあ」
ずるいのはどっちよ。
20141022
つまらないことで愛されたいの