「王、お願いですからお仕事してください…」

私のようなしがないただの文官が王にこのようなことを言うのは本来許されないものなのだけれど、滞っている大量の書類を前に私の我慢も限界だった。我が王、シンドバット様は素晴らしい方だ。国民としても部下としてもこの方に生涯着いていこうと思える。
お酒と女性に関しては、別の問題が生じるのだけれど。

「い、いや…これでも俺も必死でやっているんだが」
「じゃあ何でこちらにいらっしゃるんですか」
「それは…」
「とにかく、先輩が来る前にお仕事に戻ってください」

国内が色々とごたついていたせいで、事務作業に遅れが生じている。それにより、私も他の文官も徹夜が続いているのだ。結構、キツい。けれど、一番キツいのは。一番荒んでいるのは。

「シン!」

響く怒声にびくりと肩を揺らす。聞き覚えのある殺気の含まれた声に顔を青くする私と王。お、鬼に見付かってしまった。錆び付いてしまったように動きが鈍くなった首を動かして、声の聞こえた方向に視線をやる。

「せ、せんぱい…!」
「貴方達、仕事は」
「ジャーファル、缶詰は効率が悪いし、な?」
「五秒」

私も王も物分かりは良い方だ。ジャーファル先輩の言った五秒というのが死刑執行までの猶予だということを迅速に理解した。さっと走り去っていくシンドバット王に私も仕事に戻らなければ、と身を翻す。

「待ちなさい」
「なっ、何ですかせんぱい…」

翻したところで先輩に呼び止められた。私が王ほど素早く動ける人間だったら、なんて後悔したのはこれが初めてだった。八人将の方々と王はもはや人間を越えた動きを軽くやってのける。しかしシンドリアの人間全てがあんな凄まじい身体能力を持っているわけではない。何が言いたいかと言うと、私のようなしがない文官がジャーファル先輩のドメスティックでバイオレンスな指導を受けると、死ぬということである。

「貴女はもう休みなさい」
「え、いいんですか?」
「ええ、あとはサボっていた輩にやらせますので」

予期せぬ先輩の言葉に目を丸くする。てっきりお説教コースだとばかり思っていた。いつもの流れだと、クドクドと説教した後、馬車馬のごとく仕事させられるのに。連日の徹夜で溜まった疲労のせいで、人格にまで影響が出たのだろうか。ジャーファル先輩が私に休みをくれるなんて。

「せんぱいが優しい…」
「そんなに縛られたいですか」
「ごめんなさい」
「ああ、では貴女にはまだ仕事をお願いしましょう」
「えっ…」

余計なこと、言わなければ良かった…!せっかく休めそうだったのに、私のバカ…。絶望の色に顔を染めている私を見て、先輩は小さく噴き出した。

「疲れているんです、徹夜明けなので」
「…」
「癒してください」
「な、なにいってるんですか」
「先輩命令です」

横暴な、と思う前に、先輩を癒す方法を考えてしまう自分に悲しくなった。先輩を癒す、…。

「何赤くなってるんですか」
「ちが、」
「すけべ」
「っせんぱいのばか!セクハラ!」

そういうこと言う先輩の方がすけべだ。私は、別に、そんなつもりはなくて、いや想像しなかったとは言い切れないけれど。ジャーファル先輩は酷い先輩だ。真面目で頭が良いのに、意地が悪い。

「冗談ですよ」
「わらえません」
「それは失礼」

クスクス笑う先輩に思いきり顔を歪める。先輩の三徹のテンションは厄介だ。疲弊しきっている私にジャーファル先輩をぶつけてくる神様が憎い。いやまあ私は無宗教だけどね!…私も大概おかしなテンションである。

「どうです、この後お茶でも」
「いやです。寝てください」
「おや、大胆ですね」
「もうほんと先輩きらい」


20130301