どこが好きかなんて、聞かれても困る。こんなことを言ったら、なぜ付き合っているのかと思われそうだが、事実なのだから仕方がない。実際、いくら考えたところでアイツの好きなところなんて、特に思いつかない。
それを言えば聞いてきた東堂は顔をしかめ、新開は真顔になり、福チャンは……いつもと同じ鉄仮面だった。汗くさい部室の空気がさらに濁る。俺個人のことなのだから、お前らに関係ねえだろうが、そういってやりたい。
「荒北は好きではない女子と付き合っているのか?」
「ハァ?ンなわけねえだろォ」
「つまり彼女のことは好きなんだな?」
「…アー、まあ」
「では彼女の好きなんところは?」
「特に無い」
「これは大問題だぞフク!!!」
大声で福チャンの名前を呼んだ東堂に舌打ちをする。別にアイツのことを嫌いってわけじゃねえんだから、かまわねえだろうが。ワイシャツの袖に腕をとおしていた福チャンは分かってるんだか分かってないんだかよく分かんねえ面でうなづいた。
騒ぎ立てる東堂をシカトして、さっさと着替えをすませようと手を動かす。一足早く着替えたらしい新開が例のポーズで俺にウインクを飛ばしてくる。ウゼェ。
「靖友、そんなんじゃすぐカノジョに愛想つかされるぜ」
「余計な心配ドウモアリガトォ」
「もっともな心配だと思うぞ」
「東堂まじウゼェ…」
「ウザくはないな!」
制汗剤を振りまく東堂が豪快に笑う。何がそんなに楽しいのかよく分からない。もそもそとパワーバーを食べ出した新開と一緒に俺とアイツの仲をあーだこーだ話し始める。コノヤロウ、余計なお世話だっつってんのに…。
そろそろキレそうな俺が怒鳴り声をあげる前に、今までずっと黙りこくっていた福チャンが口を開いた。
「好きなところしかないんじゃないか?」
騒いでいた東堂と新開が一瞬にして黙る。あいかわらずの言葉の足りなさだ。何言ってるのか全然分からねえ。
ポカンとした空気を破ったのは、新開の「ヒュウ!」というわけの分からねえ口癖だった。こいつは幼馴染なだけあって、福チャンの考えを汲み取ることは上手い。
「つまり、好きなところしかないから、”どこが”好きか聞かれると答えられないってことだよ。具体的なものが出てこないんだ」
「…ふむ、それならすべて好きだと言えばいいんじゃないか?」
「まあ靖友だからな」
勝手に話を進められて、俺一人がポカンとしたまま残される。福チャンも満足げにうなづいてんじゃねえよ。
好きなところしかねえから、好きなところが分からない?なんだその理屈。意味分かんねえ。というかそれだと、まるで、俺がアイツにベタ惚れしてるみたいじゃねえか。いや、惚れていることは間違いないが。
「何だよ、それならそうと早く言え荒北!オマエあの子のこと大好きなのではないか!」
「ハァッ!?」
「心配して損したな、尽八」
「テメッ、新開!」
頭に血が上って顔が熱い。大好きかって、そりゃあ好きに決まってンだろ!俺のカノジョだぞ!熱をおびた頭の中でそんなバカっぽいことをまくしたてる。
焦ってワイシャツのボタンを止め損ねる。あーくそ、ダッセェ。何だこれ。
ケラケラ笑っている東堂と新開はとりあえず後で殴る。ぜってー殴る。
「俺は最初から分かっていたぞ、荒北」
「フクチャァン!?」
ドンッと変な効果音つきでそう言うフクチャンに目をむいていると、部室のドアがゆっくり開いた。笑っていた新開が気まずそうに入ってきた泉田に、遅かったななんて適当な声をかける。
ようやくワイシャツのボタンを全部止め終えて、短く息を吐く。もう早く帰ろう。
「あの、渡すものがあるとかで荒北さんの彼女さんが来てたので、ここまで案内して来たんですけど……」
わりと激しめの勢いでロッカーの扉に頭をぶつけた。歯切れの悪い泉田の言葉から察するに、聞いていたのだろう。今までの会話を。頬をパンパンに膨らませて笑いを堪えている東堂と目が合う。
偶然を装って東堂のスネを蹴り、急いで部室の扉の方に向かう。泉田が心底気まずそうに俺に道を開ける。
部室の扉のわきに、真っ赤な顔でぷるぷる震える俺の彼女を見つける。
「あ、…あの」
俺もたぶん真っ赤になっているだろうけど、コイツほどではないと思う。部室から顔を覗かせた福チャンが林檎みたいだな、なんて言う。新開あたりがそうだな、と相槌をうつ。テメェら何見てんだよ!
胸元に何か押し付けられて、意識が彼女に戻る。羞恥心に悶えてます!と全面に書かれた顔をしている。押し付けられたのは、ていねいにラッピングされた小包み。
「ハ、ハッピーバースデー…」
震える声で言われた言葉に驚きつつ、その小包みを受け取る。周囲が息を飲むのが分かった。何コレ?公開処刑?目の前のコイツもきっとそう思っているだろう。俺は全然これっぽっちも悪くないが申し訳ないと思う。
「オマエ今日誕生日か!!!!」
今日一番の東堂の大声が羞恥心の限界点を超えそうな頭に響いた。

20140402
豊かであれ