水をくれたらちゃんと育つよの続き


「おお、おめでとう!」
にこにこ、眩しい笑顔で拍手をしてくれた彼女は、僕の後ろの席の女の子。彼女の手の中には僕の答案がある。さっき受け取ったばかりのそれには赤点より数十点上の得点が赤々と書いてある。
ノートを貸してくれたり、テスト前に勉強を見てくれたり、当てられた時にこっそり答えを教えてくれたり、彼女の存在は僕にとってとても重要だ。今回のテストで赤点をとらなかったのも、間違いなく彼女のおかげだと思う。
「テスト一日前に範囲がわからなかった降谷くんが…ほんとによかったね」
「うん」
自分のことみたいに喜んでくれる彼女にすこしだけ気恥ずかしくなったけれど、やっぱり嬉しくて、胸が暖かくなった。
試合のスタメンに選ばれた時、監督に認めてもらえた時、その時と似たような感情。特別嬉しいときに湧く感情だ。
なんとかして、彼女の気を引きたいと思った。ずっと僕だけの面倒を見てくれないかな、って。
「ふ、るやくん…?」
気が付いたら彼女の片方の手を両手で掴んでいて、彼女は目をまんまるくしていた。一瞬目があったあとすぐに、彼女はあちこちに視線をさまよわせる。
ちょっとだけ、おもしろい。しっかりしていて、頭がよくて、いつも色々してくれる彼女が見せる動揺した顔は新鮮だ。
「いつも、ありがとう」
「えっ」
「勉強、教えてくれて」
感謝の言葉を述べると、彼女はさまよわせていた視線をまた僕に向けて、目をまるくした。どうして驚いているんだろう。
それからすぐに嬉しそうに笑って、すこし照れくさそうに「どういたしまして」と言った。なんだか、胸の奥がうずいた。彼女の笑った顔は、なんというか、よくわからないけれどすごく好きだ。
「これからも、よろしくおねがいします」
「頼りっぱなしもどうかと思うけどね」
「……」
「都合が悪くなったらすぐ聞こえないフリするよね、降谷くんって」
彼女はおかしそうにクスクス笑う。慌てたり焦ったり、驚いている顔も見ていて楽しいけれど、やっぱり楽しそうに笑ってる顔がいちばんいい。可愛い。
彼女より頭がいい人はいっぱいいる。ノートを見せてあげようか、と声をかけてくれる女子もいる。でも、ぜんぶ断ってる。他の子にノートをかりたら、彼女との接点も、減ってしまう、し。
「あれ…」
そういえば、どうして彼女と話したり、褒めてもらうと嬉しいのだろう。胸の奥があたたかくなったり、触れたくなったり、そんな気持ちになるのは、決まって彼女といるときだ。
握っていた彼女の手を離す。手に残る熱と頭に残る違和感。自分の手のひらを握ったり開いたりする。
「えっと、今度はどうしたの?」
「……」
「あれ、また無視?」
首をかしげる動作と困ったようによせられる眉間はよく見ているはずなのに。どうしてか今はそれさえ直視するのを躊躇ってしまう。なんだか、変だ。
さっき握った手も、細くてやわらかくて、マメなんかなかった。俺とは違う女子の手だった。…そうか、この子は女の子だ。知ってたけど、知ってたのに。
「こっち、見ないで」
手を伸ばして、片手で彼女の目をおおうように頭を掴んだ。思ったよりもちいさい頭にすこし動揺した。
運動神経のわるい彼女は咄嗟に反応できなかったらしい。なされるがままに頭を抑えられている彼女は、口を魚みたいに動かして困惑を前面に出している。
「降谷くん!?」
「……うん」
「どうか、した!?」
顔が、赤い。触れている部分も熱い。もしかして、照れているのだろうか。僕が、触っているから?
僕にとって彼女は頼りになる存在で、困ったり呆れたりするけど結局は助けてくれるお人好しで、それだけ、それだけのはずなのに。
どうしてこんなに。
「なんでもない」
耳が痛い。顔が熱い。たぶん、僕は今彼女と同じくらいに赤くなっていて、変な顔をしてる。だから、見られたくない。他人にどう見られるかなんてどうでもよかったのに、彼女にはかっこいいところを見せたいと思うなんて、変だ。
この気持ちは一体何なんだろう。ああ、わからない。わからないけど、すごく嬉しくて苦しい変な気持ちだ。

20140310
愛してワルツの三拍子